MRを通して体験するウクライナの現状『FRGILE HOME』：XR映画ガイド第35回
今回紹介する作品は平穏なウクライナの日常の体験から、戦争によって突然悲惨な日常を体験することになるMR作品『FRGILE HOME』です。この作品は私が今まで体験したどのXR作品よりも衝撃的な作品体験になりました。監督はウクライナ出身のOndrej Maravec氏です。Ondrej監督は、1作品目に自分のうつ病の体験を元に制作した作品『DARKENING』、2作品目にウクライナ紛争の真っ只中で生活している人たちの現状をVR映像で記録した作品『FRESH MEMORIES: THE LOOK』（XR映画ガイドの第4回で紹介しています）を制作していて、私が世界で注目するXR監督の1人です。
Ondrej監督の作品は、実際に起こった出来事について取り上げており、フレームの映像では伝わらない、XRを通した体験だからこそ伝わる作品にずっと挑戦しています。過去、待場がフェスティバルディレクターを務める日本の唯一のXR国際映画祭「Beyond the Frame Festival」でも『DARKENING』と『FRESH MEMORIES: THE LOOK』は紹介しました。近い将来にはこの『FRAGILE HOME』もぜひ日本で紹介したいと思っています。
見所：MRを通して体験するウクライナの現状
“もし自分の家や生活が突然、危険にさらされたらあなたはどうしますか？”
戦争が始まってから長い間、多くのウクライナの人たちが「その場所に留まるか？ その場所から去るか？」の選択に迫られています。『FRAGILE HOME』では、体験者はテレビや家具などを設置したリビングのようなセットの中で体験をします。その実際のセットの中をパススルー機能*を通して見回すことができます。パススルー機能は、デバイスに備わっているカメラを通して体験者が現実に存在する場所（つまりこの場合セットの中で体験しているのでセット）を見ることができます。実際のセットには存在しない物や風景をMRで見ることによって、あたかも実際に存在している物や風景のように見せることができます。この作品ではMRの特徴を活かして、実際に存在するOndrej監督の親戚の家のリビングをセットとして作り込み、体験することができます。
冒頭、平穏な日常のリビングの中でウクライナの伝統的な音楽が流れる中、部屋を探索しながら朝食を待っています。突然、光と共に爆音が響き渡り、平穏な日常が破壊されてしまいます。リビングの日常は、暖かな陽の光や窓の外に見える風景、部屋の隅で気持ち良さそうにのんびりしている猫がデジタル上で描かれており、デジタル表現と実際のセットがうまく交わるように作られていて、本当にウクライナの家庭にいるような気持ちになります。MRを通して見ている平穏な日常が、デジタルで表現された爆発によって、全てがかき消されます。爆発の後、MRを通して見えていたリビングの風景は一変し、VRモードとなって、悲惨なリビングの状態になってしまいます。リビングは半壊し、家具はボロボロ、窓の外の風景も緑色だった葉っぱが全て焼けてしまって、倒れそうな木が見えています。あの気持ち良さそうにのんびりしていた猫が足を引きづりながら、まだ生きている状況を見て、私自身、安堵しながらも、涙が出そうになりました。この作品はあまりにも衝撃的なので、体験する前に相当な覚悟が必要だと思います。ウクライナの現状を現地に行って体験することはできません。でも今だからこそ世界中の多くの人たちが、この作品を通してウクライナの現状を体験するべきだと思います。私はこの作品を体験して、世界が平和になることを再度、願いたいと思いました。
*パススルー機能：Quest3等に実装されている機能。ヘッドセットに搭載された高性能カメラを使用し、外部環境をリアルタイムで捉え、ディスプレイに表示。これにより、体験者はVR空間にいながら、現実世界を見ることが可能となる。
作品データ
タイトル：FRAGILE HOME
ジャンル：ドラマ
監督：Ondřej Moravec, Victoria Lopukhina
制作年：2024年
制作国：チェコ
メディア：MR
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