【FGO EpLW 殷周革命】第十四節 法身如来度魔縁
「マシュ」
「……先輩」
オレンジ色の髪。先輩。藤丸立香。人類最後のマスター。わたしの先輩。わたしの。
……嘘だ。そうだ、嘘だ。アーチャーの見せた幻に過ぎない。でも。
先輩の、首が、目の前でぼとりと落ちる。血が吹き出し、地面を朱に染める。先輩の膝が折れ、地面に倒れ伏す。
『見よ。お前の愛する友は殺した。おれが殺したぞ。どうだ』
闇の中で、アーチャーが嗤う。六本の腕に武器や生首を持ち、先輩の死体を踏みにじって。嗤う。嗤う。
侮辱された。自分の命よりも大事なものを、侮辱された! そうだ、怒れ。怒れ。怒りがわたしの力となる。怒り狂え!目の前に、アーチャーの鞭剣が迫る。拒め! 防ぐのではなく、攻撃を……!!
『シールダー殿!』
「スゥーッ……ハァーッ……!」
調息(チャドー)せよ。己が身体をゼンで満たせ。
シールダー、マシュ・キリエライトは、ランサーから教わった呼吸法を繰り返す。ランサーは死んだ。英霊の座に還った。だが彼のインストラクション(教え)は、ミーム(情報遺伝子)は、生きている。ここに!
超自然的な何かにより……アーチャーが与えた霊的な毒が、マシュの体から消えていく。自我が修復され、瞳と精神が澄み渡る。
人が、感覚の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生じる。執着から欲望が、欲望から怒りが生まれる。怒りは迷妄を、迷妄は記憶の混乱を呼ぶ。記憶の混乱によって知性が失われ、人は破滅に至る。―――バガヴァッド・ギーター
「イヤーッ!」
「グワーッ!?」
マシュが……キャスター・チャーナキヤの後頭部を裏拳で攻撃! 驚いたキャスターは幻術世界から解放され、振り向く!
「な、何を……!?」
「すみません、キャスターさん。鼎を全部、貸してください!」
「「「血迷ったか! バカめ!!!」」」
アーチャーが巨大化! キャスターが抑え込んでいた幻力が解放されたのだ! 鼎ひとつでも恐るべき魔力!
「急いで!」
巨大なアーチャーが稲妻の如く武器を振り下ろす!マシュが防御! だが、鼎との接続が間に合わぬ! 引っ張られる!
「「「小娘。お前如きが、おれを倒せると思うたか。盾の蔭で震えておることしかできまい! 諸行無常、是生滅法!!」」」
連撃!連撃!連撃!猛攻!雷光が走り、地面にクレーターが生じる!シールドと鼎ごと地中に埋め込もうとするかのような勢い! マスターが頭を抱える!キャスターがしゃがむ!セイバーとアサシンに毒が回ってゆく!鼎があるとはいえ、半神をも冒す猛毒!防ぎきれぬ!盾に亀裂!
「ぐうッ……まだか!」「お嬢ちゃん! なんでもいいから、早くしな!」
「色即是空、空即是色……。幻に幻で対抗してはならぬ……。道高ければすなわち魔盛んなり。故にすべからくよく魔事を識るべし……!」
八鼎と接続! マシュの持つ巨大シールドが真っ二つに割れ―――――
両腕に纏い付き、堅固なブレーサー(手甲)と化す! そしてマシュの両肩に、縄めいた筋肉が盛り上がる!
「WASSHOI!」
マシュが呼吸を調え、拳を胸の前で合わせて鼎から跳躍! アーチャーの眼前に! まさか防御を捨てて、殴りかかろうというのか!?
「「「滅びよ、人間めが!!!」」」
アーチャーが羽虫でも叩き潰そうとするかのように、千本の腕でマシュに斬りかかる! マシュが目を見開く!
「『魔手悟空拳』!!」
業!!
閃光、轟音! モンハナシャコめいた、両拳による裏拳だ!実際恐るべき威力だが、それはアーチャーに届く距離ではない! 猫騙しか!?
否!否! 見るがいい! それはアーチャーを狙ったものではない!マシュの両裏拳が空間を、次元を歪ませ、虚空に穴を開ける!!
両者のニューロンが加速し、時間感覚が泥めいて鈍化! 念話が通じる!
◇
【メーガナーダさん。感謝します。わたしに気づかせてくれて】
「「「感謝される謂われはない。礼に鼎を呉れるか。それとも、お前の血肉を割いて寄越すか。おれは羅刹、人喰いだ」」」
【あなたが本当に我々を殺そうと思えば、いつでも、掌を返すよりたやすく出来たでしょう。あなたのまことの望みは、解脱。苦しみの世界を離れて、涅槃に入ること。門(ゲート)が開いています。迎えが来ました】
虚空への扉が開く。その中から、輝く人影が出現した。十羅刹女と鬼子母神を伴い、六牙白象に乗り、後光を背負い……。
象の上に、おれの妻スローチャナが座し、微笑んでいる。いや……あれは、ブッダの弟子。菩薩摩訶薩、本初仏。
「「「普賢(サマンタバドラ)…………!!!」」」
♪実相無漏の大海に 五塵六欲の風は吹かねども 随縁真如の波の立たぬ時なし
菩薩が歌う。鬼子母神と十羅刹女が唱和する。妙音が光明となり、妙香、歓喜となる。
♪諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽
♪羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
魔王メーガナーダは惑迷無明の幻身を脱し、合掌して笑いながら、無限の妙音と光明と妙香と歓喜に包まれ、虚空へ吸い込まれていく。
彼は永遠に逝き去った。何処かへ……三千大千世界の、輪廻の外へ。
◇
そして……門が閉じた。マシュは両腕を広げ、ふわりと地上に降りる。蚩尤が荒れ狂い、メーガナーダが暴れまわり、混沌と化した、荒れ果てた地上に。
地平線の彼方、東の空から日が昇る。魔の時が終わりを告げる。
「……終わったのかい、お嬢ちゃん」
「はい。彼は―――成仏しました」
マシュはすーっと涙を流し、瞑目して、合掌する。
どすん、と空中から何か落ちてきた。鼎だ。メーガナーダは虚空へ消え、最後の鼎が戻って来たのだ。
◇□◇
「…………勝った」
カルデアのダ・ヴィンチが、どっと椅子に倒れ込む。何がなんだかさっぱりわからなかったが、ともかく勝利だ。それも、マシュがあいつに、アーチャー・メーガナーダにトドメを刺したようだ。我がカルデアの誇る彼女が。
ランサーのことは残念だったが、こちらの英霊召喚システムが復旧すれば、いずれ呼び出して送り込めるか。ウォッチャーが許可すれば、だろうが。
『お疲れさん。このへんで休憩をとらせてやるよ。特異点の案内は、後であっちでやる』
ウォッチャーの声が響く。……サライの姿を取ってくれても、いいじゃないか。
◇◇◇◇◇
「…………おい、起きろ」
「あン?」
どっかで聞いたガキの声だ。目を覚ますと、セイバー。辺りは明るい。朝か。なんか視界が歪んでるのは、水晶髑髏をまだ被ってるせいか。
「……おう、おはようさん。俺は生きてンのか。何がどうなった」
「お前が震えておるうちに、シールダーがかたをつけてくれたわ。九鼎は揃った。これからキャスターのガルダで、孟津へ帰るところだ」
鼎から苦労して這い出す。辺りはヒデェ有り様だ。空爆食らったか、核兵器でも爆発したみてぇだ。そりゃまァ、あの大怪獣と大魔王が殴り合ってたんだからな。こうもなるか。犠牲は結局、ランサーだけか……。
アサシンとキャスターは、あっちで太陽に向かってぼんやり立っている。その向こうにシールダー。傍らに、ダ・ヴィンチちゃんの映ってるモニター。
「そっかァ。やれやれ、これでロサンゼルスに帰れりゃいいんだが。ウォッチャーの野郎はなんて言ってる」
「知らぬ。……あっちでシールダーが祈りを捧げておるゆえ、行って来い」
「は? 慰めろってか。めんどくせぇな、あのガキは。ランサーはしょうがねぇじゃねぇか、あの状況じゃよぉ……」
アサシンが振り向く。
「それもあるけど、アーチャーにも、かな……」
「慈悲深いねぇ、お嬢ちゃんたら。どうせあいつら本体は、英霊の座ってとこでピンピンしてんだろ。俺は……」
エピメテウスを脱いで片手に乗せ、もう片方の掌で顔を拭う。頬を膨らませて、息を吹く。俺は死んだらおしまいだ。後どれだけ、死にかけりゃいいんだ。
「おう、シールダー。いつまでもセンチメントしてんじゃねぇ! 孟津へ帰るぞ」
ゆっくりと、シールダーが振り向く。―――ゾッとするような無表情。百年も千年も修羅場を潜って来たような凄み。俺は気圧され、後じさる。
「はい」
いつも担いでる巨大な盾は、どこかへ消えている。代わりに、同じデザインの篭手を身に着けている。イメチェンか。青褪めてる俺の横を、シールダーが通り過ぎた。なんだ、この、威圧感は。マジであいつなのか。
「……◆◆◆さん。わたしは、いろいろなことを知りました。カルデアで生まれ育ち、書物を読み、実戦を積み、数々の特異点を潜り抜け……。たくさんの出会いがありました。先輩やカルデアのみんな、英霊たち……。いろいろなことを、学びました」
突然背後で喋りだされ、俺は振り向く。お嬢ちゃんは背を向けたままだ。
キャスター、アサシン、セイバーは、気の抜けた表情でこっちを見ている。ダ・ヴィンチちゃんは、何も言わない。おい、なんだよ。別れの挨拶でもしようってのか。まだお前さんにゃ、仕事が残ってるだろうがよ。
シールダーが、振り向く。無表情だ。
「そして今、分かりました。わたしは『マシュ・キリエライト』であり、『マシュ・キリエライト』では、ない」
「……は?」
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