黄金時代を支えたスタントマンたち。ドキュメンタリー映画『カンフースタントマン 龍虎武師』香港・中国、2021年
お正月そうそう、見なければいけない映画がもりだくさんでうれしい悲鳴。私はコアなアクション映画ファンではないですが、香港が好きなので、香港映画の代名詞のようなアクション映画を支えたスタントマンたちのドキュメンタリーは、そのまま香港映画史の一段面。見逃せません。
中国大陸に中華人民共和国ができたとき、伝統芸能の京劇で活躍した人々は香港に逃げてきました。娯楽も全て、人民や革命に奉仕するものでないといけない社会主義の中国に、居場所を失った人々です。京劇の中の武術、カンフーは、舞台上の舞のように予定調和でコミカルで、香港のアクション映画の初期は京劇の流れをくんだものだったそうです。
カンフー映画の伝統を打ち破ったのがブルース・リー。アメリカ生まれのブルースは、日本の時代劇の要素を香港のカンフーに加えました。迫力ある殺陣、一対一もしくは複数の手に汗握る勝負。香港映画の黄金期の始まりです。海外の映画界もブルース・リーの登場で香港に注目するようになりました。ブルース・リーは大勢のスタントマンたちを育て、面倒みたそうです。
ブルース・リーの突然の死の後、香港映画は火が消えたようになりましたが、何年かして彼の跡をついで香港のアクション映画をもり立てようとする人たちが現れました。ジャッキーチェン、サモ・ハン・キンポーなど、やはり京劇の学校で訓練を受けた人々が、スタントからアクション俳優となり、香港映画界を引っ張っていきました。このあたりのことは、この本で予習済。
ジャッキーやサモ・ハンらは徒弟関係でチームをつくり、互いに競争して切磋琢磨しました。小学校も出ていない、身体をはることの好きな男たちが集まって、経済的にも発展していく香港で、次々荒業に挑戦しました。彼らはネットもマットも敷かず、保険にも入らずに危険なスタントに挑んでいきました。
1970年代から80年代はハイリスク・ハイリターンの時代。熱量が画面からも伝わってきます。でも、それは狂気を孕んだ、日本でいうヤクザなアウトローな世界でもありました。いつでも怪我する状況があったし、半身不随になった人もいるとのインタビュー(もしかして、事故死した人も?)。当時の映像は怖すぎて、私はホラー映画でもないのに直視できませんでした。
その後、香港の中国返還などを経て、今では香港に人材がとどまりません。多くの人が香港の外に活路を見出して行きます。ハリウッドに行く人、中国大陸に行く人、香港でしかやれない人。それは、かつて中国を捨てて京劇のカンフーの師匠たちが香港にやってきた流れを彷彿とさせます。
映像の中でインタビューに答えるのは、サモ・ハン・キンポーやツイ・ハーク、ドニー・イェンなど超有名なアクションスターやスタントチームのチーフたち。りっぱなオフィスでインタビューを受けている人、年金もなく、保険もなく、生活するのに精一杯の人。なにより、ジャッキー・チェンのインタビューはありません。
昨年のアン・ホイ監督のドキュメンタリーといい、年始の香港のドキュメンタリーは、いろんなことを考えさせられます。香港に興味のある人だけでなく、単純にアクション映画が好きな人にもおすすめです。