シルクロードや中央アジア好き、歴史好きにはたまらない作品『乙嫁語り』森薫
京都国際マンガミュージアムで開催中の「大乙嫁語り」展に行ってきました。森薫さんといえば、絵の旨さで同人活動中にスカウトされ、『エマ』がアニメ化され、海外でも熱狂的なファンの多い方。テーマについて、論文や専門書を読み込んで描く作家さんとしても有名。とあるラジオに出演したときには、「海外で村上春樹並に作品が売れている漫画家さん」と紹介されるほど海外でも人気。
そんな森薫さんが、10年前から大好きな中央アジアを舞台に描く歴史&恋愛物語は、1巻発売当時から全て初版で持っています。学生時代に内モンゴルや新疆ウイグル自治区を一人旅して、彼らの自宅(パオ)に泊めてもらったり、友だちになってウイグル名をもらったニンゲンには、最高の作品です。
『乙嫁語り』の舞台は19世紀後半の中央アジア、カスピ海周辺の地域を舞台に、「乙嫁」(美しいお嫁さん)たちを描きつつ、厳しい自然の中に生きる人々の生活や文化、戦いを織り交ぜた物語。英語版、中国語(繁体字)版、フランス語版、ハングル版以外にもたくさんの翻訳版があって、展示会場にも一部展示されていました。
主役のカップルはアミル(連載開始当時20才)とカルルク(12才)。アミルは遊牧民の氏族で、父親の権威が絶対。娘は父親が決めた男に嫁ぐしきたりで、当人同士は結婚式当日まで顔も知らないのがあたりまえ。こういう場合、持参金を準備しないといけない男性側が年上ということが圧倒的に多いのですが、カルルクの住む地域は男も女も結婚は早いほどいい地域。
カルルクは末っ子で、日本の長子相続とは正反対に、末っ子相続の文化がある、町に定住する氏族。だからカルルクの年齢で結婚は「普通」ですが、アミルの場合、母が亡くなり、一家唯一の女手として主婦も担っていて、あやうく婚期を逃すギリギリで父親が決断してくれたという設定。(森薫さんは自分の好きな姉さん女房を描くために調べまくったとのこと)育った習慣が全く違う二人が、努力して愛情を育んでいくのがステキです。
定住する人々の社会では、お見合いがあったり、持参金や披露宴にかけるお金の交渉や駆け引きだったりがある一方、遊牧民族では長男に嫁いだものの夫を亡くしたお嫁さんが、弟と再婚するのが当たり前だったり。場所が変われば文化も習慣も違いますし、同じ場所でも氏族が違えばしきたりが違ったりもします。
そんないろんなカップルを旅先で訪問する形でオムニバスに結びつけるのが、イギリス人の旅行家&研究者スミス。彼は、日本を旅したイザベラ・バードのように各地の風習や文化を記録して歩きます。女性がする刺繍の意味、公衆のパン焼き釜、木彫りの文様の意味、食文化、市場のしきたりなどなど。女性が男性の前に全く出ない社会もあれば、髪の毛は夫にしか見せないけれど顔は隠さない地方、男性と同じように顔も髪も隠さず生活する人々など千差万別ですが、彼は異邦人の旅人として、文化が重なり合う地域を旅します。
森薫さんの描く絵は、男女を問わず民族衣装の書き込みがすばらしいし、どの時代にどんな食べ物が食べられて、どんな習慣があったのかだけでなく、家畜たちや馬くらべ、鷹狩りなど、いろんな動物がいきいき描かれているのもすばらしくて惚れ惚れしてしまいます。途中から電子書籍に代えましたが、10インチの大画面であのすばらしい絵を見れるのは眼福としかいいようがありません。
『乙嫁語り』は、ロシア帝国が力ずくで南下して、多くの遊牧民族や定住氏族たちの生活が脅かされ始めた時代。これは1巻当時からなのですが、とうとう最新刊ではロシアとの戦争前夜になってしまいます。現実社会とのシンクロが本当に辛いですが、団結のための氏族間の婚姻と、ひとときの幸せな情景が描かれます。10年以上見守ってきたとはいえ、この先の物語の結末を見るのは、かなり怖い。
森薫さんだから、それほど過酷な結末にはならないはず……と信じて、ついていきたいです。未読の方はぜひ! 1年に1冊、新刊でるかでないかのスローペースなので、今からでも14巻全巻らくらく追いつけます。京都国際マンガミュージアム併設の前田珈琲の壁は一面、漫画家さんたちのサイン。
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