コミカルで切ない台湾ドラマ『一筆お祓いいたします』2023年
普通の何気ない日常とか、やさしい人間模様を描いた、ゆったりしたドラマをみたいと思って、探して目にとまりました。「コメディ」枠で、しかも「書道」でトラブルを解決する物語だと紹介文にありました。日常ミステリかなと検討をつけて、軽い気持ちで見始めましたが期待以上でした。
原題は「不良執念清除師」。主人公は、書道家の家に生まれた成績の悪い高校生、蒲一永(プー・イーヨン)。優等生の 曹光硯(ツァオ・グァンイェン)に嫌がらせするけれど、基本的には態度やヘアスタイル(美容師の母がカット)のせいで不良扱いされるくらいの、そこそこ普通の男の子。字だけは上手い。趣味は漫画を描くこと。
ところが、ある日、彼と父、そして祖父が乗ったバスが飛行機事故に巻き込まれ、父親は亡くなり、祖父は昏睡状態になります。一永も2年たって回復しますが、自分が寝坊したせいで父親を死なせた後悔に苛まれる日々。そんなある日、一永の書道が持つ不思議な力を頼って、助けを求める「怨念」たちが現れるようになります。
成仏できない幽霊ではなく、物に宿った怨念。このあたり、ちょっと日本人にはわかりにくいですが、さすが魂を「魂」と「魄」に分ける中華文化圏ならではの脚本。でも、人間が思いを重ねると、大事にされた物や人形にもやがて魂が宿るって発想は、日本人にも理解できるんじゃないでしょうか。
さて、最初は幽霊みたいな「念」たちに助けを求められ、わけもわからず混乱していた一永ですが、偶然知り合った落ちこぼれ警官の陳楮英(チン・チューイン)や、医学生になった光硯を巻き込んで、未解決になっていた事件や、事件として扱われなかった問題を解決していくようになります。
彼ら3人の最初の巻き込まれ具合、そこから少しづつ信頼関係が生まれていく過程の会話のやりとり、コミカルでもあり、人生模様でもあり、大好きです。なんたって、一永のお母さんが肝っ玉母さん(楊謹華)がいい。家族が大事故に巻き込まれても、マイペースで美容師を続け、しっかりしすぎず、ただただ前向きに息子と生きていく。理想です。
そして、小さい頃、実は祖父も自分と同じ能力を持っていながら、怨念たちを助けることなく、「普通の書道家」として人間への思いだけを引き受けていたことを知ります。超常的な力があっても、やはり限界があります。一人ではなにもできない。それどころか、ヘタをすると自分だけでなく、家族にも危険が及びます。「救えないことは恥ではない」って言葉、重いです。
それでも主人公は、人ならざるものとの関わるうちに友人や協力者を増やし、自分の人生にちゃんと向き合って、立ち直っていきます。字を書くことについても、きれいにはやいだけじゃなく、心を込めて言葉を選ぶようになっていく。しかもそれは、主人公の一永だけでなく、楮英や光硯にとっても人生を見つめ直すきっかけになっている。こういう関係性の物語が本当に好きです。
ところで、ドラマの本筋とは少し違いますが、この主役の3人、基本的に書道関係の名前(漢字)がおもしろいです。主人公の「永」の字は、言わずとしれた「永字八法」(永の字には書道の基本技法8種類が全てある)。「一」の字は書道で一番最初に習う、基礎中の基礎。優等生イケメンは、墨をする「硯」の字。そして、落ちこぼれ警官楮英には紙の原料「楮(こうぞ)」の字。こういう遊び心もいいですね。
あと、光硯のお父さんも知識人の世渡り下手っぽくていい。警察署の頼れる楮英の先輩や、頼れるのか頼れないのか微妙なラインを絶妙に演じる所長とか。彼らとの軽妙な会話のやり取りも本当に好き。台湾ドラマらしい、ちょっと生活感あふれる感じ。人への思いやり。ちょっとおバカなやりとりも。
そう、そう。楮英役の女優さんにどこかで見覚えがある、どこかで見たはずと思いながら、最終14回まで結局思い出せませんでした。ネットで検索したら宋芸樺の名前を見て驚きました!『私の少女時代』の主役の女優さん。なんて懐かしい。
このドラマをきっかけに、こちらの書道&青春マンガもおすすめです。どちらも、コミカルなのにしんみりできたり、お勉強になるのに、おバカだったりするのが楽しいです。
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