中華圏の三姉妹物語。映画『花椒の味』香港、2019年
ようやく仕事が一区切りついた週末、評判の映画を娘と見に行ってきました。アン・ホイの関わっている作品に、ハズレはないだろうと思っていたけれど、確かによかったです。
舞台は香港。物語は、父親の死から始まります。子供の頃、母の他に女性がいた父を許せなかった長女は、大人になっても「仕事が忙しい」を口実に、父親と距離をとっていました。彼女は実家を出て、父親は火鍋の店を個人経営。だから、病気も通院も知らず、死に目に会えませんでした。
ところが、そんな父親のスマホに電源を入れたら、目についたのは父親にあてた、自分の知らない娘たちからのSNSのメッセージ。なんと父親は台湾と中国にも娘がいたのです。ちょっと、いえ、かなりひどい父親です…
そして、葬式当日。台湾と中国の重慶から、それぞれ母親の違う妹がやってきます。いきなり対面する娘たち。でも、冷静を装う長女に、無邪気な三女、クールな次女の組み合わせで、伝統的な道教の葬儀も無事おわり、三人が実家で一夜を過ごします。
これからが修羅場かと思いきや、そもそも広東語メインの長女と中国語しか話せない三女。そして、ビリヤード選手で各地を転戦しているせいか、どちらもできる次女の通訳が入り混じって、なんとなく揉めずに、ほどぼどの距離感。誰かの感想で見ましたが、「もし父親に、自分の知らない娘が一人いたら腹がたつ。でも、二人もいたらあきれて腹がたたない」って、結構、そんなものかもしれません。
長女役のサミー・チェンには元婚約者(アンディ・ラウの友情出演の贅沢な使い方!)がいて、元婚約者は父親とも懇意だったらしく、30代半ばくらい。次女のメーガン・ライはビリヤード選手での活躍が行き詰っている20代後半、再婚した母とギクシャクしているし、三女役のリー・シャオフォンは母親がカナダで再婚したので、祖母に預けられている20代半ばの設定。
それぞれの仕事や、家族の環境、お国柄や言葉の違い、地域文化の特徴。ゼネレーション・ギャップで三姉妹は自分の家族とは傷つけあってしまうのに、義理姉妹三人は補完し合うのがおもしろいです。父親の残した火鍋店が、あと1年契約が残っているので、1年間限定で三姉妹が協力するのも、リアリティある設定です。
そして、娘とはうまく行かなかったけれど、行き場のないヨソの男の子は2人も世話して、いい従業員になっていた父親の店。地域の名物店だった味を、父がなくなってもまだ慕ってくれる、下町のなじみのお客さんなど、こちらもいい感じです。あとは、ハンサムな病院の先生が麻酔医っていうのも、火鍋の香辛料と相性いいですね。
娘たちや元妻が、自分の抱えた痛みを、別の人の哀しさを聞くことで癒やしていく物語。派手さはないですが、じんわり、泣き笑いできるのがいいです。中国と台湾、香港の関係が微妙な時期でも、人と人との関係はそれなりに良好だったりしますから。
そして、監督が「自分の作品は、ここ数年、どれも公開の機会に恵まれなかったのに、なぜか日本で2年前の作品が上映できて、話題になっているのは、不思議」とFacebookに書いています。人生も映画も、タイミングが大事ということでしょうか。
余談ですが、この作品ですごく中性的なかっこよさをふりまいている次女役のメーガン・ライがアジアの大ヒット作『あの頃、君を追いかけた』に出ていたとは驚きでしたし(すごい、端役)、三女の天真爛漫っぽいリー・シャオフォンが『芳華』のあの憎まれ役だったのも驚きでした。日本人のミュージシャン、波多野裕介さんの音楽もよかったです。
邦題:花椒の味(原題:Fagara、花椒之味)
プロデューサー:許鞍華(アン・ホイ)
監督:麥曦茵(ヘイワード・マック)
原作:『我的愛如此麻辣』張小嫻
主演:鄭秀文(サミー・チェン)、賴雅妍(メーガン・ライ)、李曉峰(リー・シャオフォン)、鍾鎮濤、任賢齊、劉德華(アンディ・ラウ)
音楽:波多野裕介
制作:香港(2019年)118分