王妃の役割がすばらしい。映画『王の願い ハングルのはじまり』韓国、2019年
無事に締め切りまでに原稿を終えたので、夫と二人で映画デート。『パラサイト』の時期は忙しかったし、私は怖いのがちょっと苦手なので、久しぶりのソン・ガンホ映画です。
朝鮮半島の歴史にはあまり詳しくないですが、世宗はハングル文字を作った王様として知っています。15世紀の李氏朝鮮の第4代国王。かなり偉大な王様だったんだろうと思っていましたが、実は彼がどんな風にハングル文字を作ったのか、わからないことが多いのだそうです。
仏教を中心にしていた高麗を倒してできた国、李氏朝鮮。新たな中心となったのは、中国由来の儒教。エリートたちが操るのは漢字、そして漢文。これでは、仏典を僧侶が独占していた時代と変わらない。
雨乞いなど迷信は信じない、合理的思考の世宗が考えたのは、朝鮮人にとっての文字。日本語でいえば、カタカナやひらがなに当たるものを発明すること。そして、文字を読める人を増やすこと。
弾圧されて下層とされていた李氏朝鮮の僧侶たち。でも、八万大蔵経を保管する海印寺の修行僧シンミは、サンスクリット語や梵字、チベットのパスパ文字などに精通している設定。漢字が表意文字なのと違って、これらの文字は表音文字。だから、シンミたち僧侶が中心となり、世宗と彼の息子たち(儒者)、そして王妃が協力してハングル文字を作り出したというのが、この映画の一番おもしろいポイント。
物語の要所要所で重要な役を果たすのは、仏教徒の王妃。儒教によって控えめに振る舞わされる女性が、頑固な世宗とシンミの間をとりなし、宮廷の女官たちをまとめて、世宗を全面的に助ける。それだけではなく、女官たちにもハングル文字を覚えるように鼓舞する。「親に手紙の一つも書けなくて、何が女官ですか!」のセリフはしびれます。
ふと、日本の歴史を考えると、男の紀貫之が「女もすなる日記」をかなで書いたのが9世紀。清少納言や紫式部が漢文を理解して、和歌を読んでいたのが11世紀。これは、中国から海を隔てて、適度な距離があったからこそ、なのかもしれません。
中華帝国(当時は明)と陸続きな朝鮮半島は、日本より遥かに大きな中国の影響が及んでいた。でも、世宗は中国に睨まれるよりも、中国以上に朝鮮を発展した国にしたいと宣言します。なのに中国の儒教に忠実な官僚たちは、せっかく完成した自分たちの国の文字に見向きもしないで立ち去る。
でも、ハングル文字の完成に力を尽くした王妃の葬儀に集まった世宗、シンミたち僧侶、息子たち、女官たち。身分は決して高くない人たちが、夜に灯す松明は、ハングル文字を広めようという強い意志。王妃の志を継ぐラストシーンは感動モノです。
邦題:王の願い ハングルの始まり(英題:The King's Letters)
出演:ソン・ガンホ、パク・ヘイル、キム・ミソンほか
監督・脚本:チョ・チョルヒョン
制作:韓国(2019年)110分