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イルミネーション・キス



フレンズ・キス

~「なにになさいますか」問う声も上品だ。すばらしい気分だった。こういう店で、丁寧に注文を聞いてもらえる。最高の贅沢とは、商品でもなければ、値札の数字でもない。確かな相手から奉仕されることだ。~

イルミネーション・キス by 橋本紡

ガールズ・キス

~「もう四十なのに、ちっとも大人になった気がしないって。大人の人ってさ、よくそう言うよね。わたしたちは、大人になったような気がしちゃうのにね」~

イルミネーション・キス by 橋本紡



パストデイズ・キス

~待ち合わせ場所に向かった。池袋駅近くの本屋で、なぜか二階~店は近くの居酒屋で、三百七十円のチューハイと、四百三十円の唐揚げと、二百四十円の冷奴と三百二十円の海藻サラダを頼んだ。周りは学生ばかりで、ひどくうるさかった。~

~母との電話を思い出す。故郷の言葉で話す母。標準語のわたし。いつしか故郷の言葉を忘れてしまった。東京の人間になったのだ。望んだことなのだから、受け止めるべきなのだろう。わかってはいる。しかし、心はまだ、受け止めていない。~~東京に出てきて、ずいぶんと長くなる。大学に進むためだったから、上京は十八のときだった。卒業後も東京に残った。そうして一年が過ぎ、二年が過ぎ……いつしか時ばかり流れた。帰るのは正月くらいだ。故郷の駅に降りるたび、その寒々とした気候と、寂れていく一方の駅前の光景に、物悲しくなる。正月明け、新幹線に乗り、東京に向かう。品川辺りの風景が見えてくると、ほっとする。帰ってきたのだ。そう感じる。故郷は遠くになっていた。~~故郷を出てきたことには、後悔していない。懐かしいし、恋しくなることもあるけれど、それは離れているからだ。ただし、東京に希望や光があったかといえば、そうでもない。すべては日常に取り込まれていった。ただ時間が流れただけだ。~ああ、ビルはきれいだ。それだけで満足できる時期は、けれど、もう過ぎてしまった。~


イルミネーション・キス by 橋本紡

学生の頃に何度か足を運んだ池袋駅近にあったドリンク百円の安い居酒屋を思い出した。
今もあるのかしら…確か駅の東口、東急ハンズに向かって歩いた道の地下を降りていった居酒屋。
たぶんとっくになくなってるだろうな。
お金がない学生時代には助かる、味より安さ重視の居酒屋さん。



ハウスハズバンド・キス

~アメリカじゃ子供が泣いて不快に思う人なんていないわ。わたしたち、それを聞いて、にこにこしちゃうの。日本とはだいぶ違いますね。僕たちの国では、電車で子供が泣いたら、みんな迷惑そうな顔をします。だから、電車を降りなきゃいけません。彼女は悲しそうな顔をしたあと、娘を抱きしめた。~

イルミネーション・キス by 橋本紡



初読みの作家さん。
この作品好き。
読み始めてすぐに好きか苦手か、感じる何かがあるけれど、この本は前者だった。
「フレンズ・キス」「パストデイズ・キス」が特に好き。
最後の「ハウスハズバンド・キス」は心があたたかくなった。
野村さん、素敵なお父さんだね。


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