凪良ゆう著 『流浪の月』に寄せて
【あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい】
物語は幸せな家族の日常から始まる。
自由を愛する奔放な母と優しい父親。夕食がアイスクリームになる事もある少し風変りな家庭。幸せだった更紗の人生は9歳の時、父の死、母の出奔により一変する。
預けられた叔母の家での従兄弟からの性的虐待。そんな時、公園で出会ったのは大学だった19歳の文。彼の家に逃げ込み更紗は親を失ってから初めて息をできる場所を手に入れる。
もう叔母の家には帰りたくないと言う更紗を文は受入れるが世間はそれを許すわけもなく。女児誘拐事件の容疑者となった文は逮捕され、更紗は施設へ。2人は引き裂かれる。
事件から15年の月日が経ち、24歳になった更紗はささやかながら「普通の暮らし」を手にしていた。
同棲する恋人もいて職場の人も親切だが、どこかいつも息苦しさを感じている更紗は文と再会してしまう。
「小児性愛者とその被害者」と言うレッテルを張られた更紗と文。「ひどい目に遭った可哀想な女の子」時が経っても尚、付いて回る同情と好奇の目。
恋人に対する気持ちのずれを感じ始めた更紗は距離を置こうとするが恋人はそれを受け入れず、やがては暴力へと変わり歪んだ愛情は暴走を始める。
追い詰められる更紗と文。2人を待ち受ける運命は・・・
押し付けられる善意。
なんて可哀想な子。
更紗はどこまでも憐れむべき被害者なのだ。
自分じゃない誰かに自分という人間を決められていくという理不尽さ。
自分の言い分や気持ちが伝わらない世界は生きづらいだろう。
そもそも善悪は見る角度、立場によって変わるのなのだから。
互いを必要とし引かれ合う更紗と文。
けれどその感情は「愛」ではない。
あの時過ごした「たったの2か月」こそが15年もの間、更紗と文の心を支えていたのだ。
2人にしか分からないこの関係に名前はない。
ただ他人にはみえない更紗と文の「絆」が確かにそこはある。
『事実と真実の間には月と地球ほどの隔たりがある』 更紗がいう。
文が警察に逮捕されるシーンは本当に胸が痛んだ。世の中を騒がせた小児性愛者による女児誘拐事件。
けれど9歳の更紗にとって文は地獄から救い上げてくれた神さまだった。
文もこのまま更紗と一緒にいる事が分かったら警察につかまる事は分かっていたはず。更紗にねだられ行った動物園で警察が近づいてきた時、逃げないと捕まると分かっていながら、更紗が強く握ってきた手を同じ力で強く握り返した文。その時の気持ちは「彼の話」で描かれている。
文の話をもっと聞いてみたい。
きっと文にとっても更紗は神さまのような存在なのかもしれない。あるいは得る事ができなかった母親を更紗に。そして更紗も大好きだった父を文にみているのかもと思う。
何が救いになるかは本人しか分かない。
凪良ゆうのは、いつも繊細な心理描写で世間と折り合いをつけられない人たちを描き、どんなに悲惨で苦しい状況の中にも救いを残す人だ。
『流浪の月』は善意とは何か?をわたしたちに問いかけ、傷ついた人を真の意味で救うのはやはり傷ついた人でしかないということ。そして何があろうと赦してくれる人がいる事の尊さを伝えてくれる。
『事実と真実はちがう。そのことを、ぼくという当事者以外でわかってくれる人がふたりもいる』 文がいう。
彼らが納得して選んだ道に幾つもの光がさすことを願い、描かれなかった更紗と文のこれから先の物語を想像してページを閉じる。
更紗と文に、私も阿方さんと同じ言葉を送りたい。
「たくさん幸せになってね」