「手を守り、人を護る。」軍手メーカーの技術力と自然の恵みが融合した鍋つかみが生まれるまで
【Create New Market】Episode.21
日頃表舞台に立つ機会が少ない製造業が、知恵と技術を凝縮して生み出した商品やサービスによって思いがけず注目の的となることがあります。
どんなきっかけで作り出し、どんな思いで世の中に送り出したのか。
1つ1つの商品が世に出るまでの舞台裏を覗くと、かけがえのないストーリーが隠されています。
今回は、(株)イナバが手がけるオリジナル商品に着目しました。
軍手メーカーの技術力に「ある素材」のエッセンスが加わり、料理の際に欠かせない商品が生み出されることになります。
【Introduction】「手を守り、人を護る」ための軍手
モノづくりが産業として集積してきた福岡県久留米市。
古くは久留米絣の産地として栄え、現在も世界的なタイヤメーカー・ブリヂストンのお膝元としてJR久留米駅には直径約4mに及ぶタイヤのモニュメントが展示されるなどその一面が垣間見えます。
そんな市街地から郊外へ車を走らせた住宅と田畑が混在する地域に、イナバは工場を構えています。
1960年に創業して以来、モノづくりの街である久留米で近隣にある製造業の現場をはじめ幅広い分野で使われてきました。
ただ、時代の移り変わりとともに低コストで大量生産を強みとする海外業者にシェアを奪われていきます。
そうした中、イナバでは綿の軍手の中でも編み目が細かく、精度の高い製品の生産に特化していきました。
精密部品の加工現場などで用いられる軍手は、大量生産の軍手や手が蒸れやすいゴム手袋との差別化で現在も「手を守り、人を護る」商品として作業者の安全・安心を支えています。
【STEP.1】時代の変化をいち早く察知した事業展開
他の製造業と比べ、いち早く海外との激しい競争にさらされたイナバ。
その分、自分たちの生業を変化させる取り組みも進めてきました。
販売チャネルとしてECショップ「軍手工房」を立ち上げたのは2006年。
ネット販売が当たり前で無かった時期に社長の稲葉順さんを主体として、大量生産の軍手は海外から直接仕入れる一方で高機能の製品は自社製品を販売する形で展開してきました。
洋服のようなアパレル製品と違い、軍手は消費材として使われる側面が強い一方、リピーターを確保しやすい商材としてECとの相性がいい側面を持ち合わせています。
「たかが軍手、されど軍手」を売り文句に、一般的な厚手の軍手から自社製造の綿フィット軍手、ペット用の「歯みがき手袋」など幅広いレパートリーを取りそろえてきました。
【STEP.2】技術力とアイデアによる自分たちにしかできない商品
そんなイナバにおいて、新たなフィールドを少しずつ広げる役割を担ってきたのが順さんの息子である取締役の稲葉雄大さんです。
ECで扱う軍手の仕入れ先でもある中国に留学し、上海の大学でデザインを学んだ後にイナバに入社した雄大さん。
順さんを主体に展開してきたECの運営を任されて以来、新たな展開を進めてきました。
その1つが、7色カラーで展開している「綿カラー軍手」です。
分厚い一般的な軍手に対し、編み目が細かく薄手な軍手はそれまであまり出回っていないことに目を付けました。
サイズも子どもから大人まで幅広くそろえ、レクレーションやワークショップなどのイベント用を中心に今では全国各地に広がっています。
他にも、シルクスクリーンによる単色印刷やインクジェットによるフルカラー印刷による「名入れ軍手」は、他の業者が手がける同様の商品と比べても印刷の出来栄えで差別化を図ってきました。
そうしたこだわりは徐々に伝わり、企業、学校、地域イベント向けなど幅広くオーダーが入り、累計で数千パターンのデザインを納めています。
【STEP.3】偶然をきっかけに知った素材と商品化へのヒント
そうした取り組みを進める中、福岡県が主催する商品開発プログラムに参加する機会が2023年に訪れます。
いわゆる「アトツギ」が参加する取り組みで雄大さんは当初、マイクロファイバークロスを活用した軍手状のメガネふきで商品化を構想していました。
ただ、調べてみると原材料の調達が難しく、後加工の難易度が高いことで断念します。
一から仕切り直してプランを考えていた頃、ある素材の存在を雄大さんは知ることになります。
それが、小国杉を原料として活用した「木糸(もくいと)」です。
熊本のスタートアップが開発した素材は、木材からセルロースを抽出、加工して撚ることが特徴で環境負荷低減の観点からも注目されています。
綿とは異なる独特の肌ざわりは、手を包む商品を作るイナバにとって開発の上で好都合でした。
ただ、素材の独特さもあって撚れる業者が近隣に居らず、自社で安定して木糸を作り出す体制づくりにも追われることになります。
同時にどんな商品を作るかを考えて行き着いたのが、「キッチンミトン(鍋つかみ)」でした。
限られた時間の中、自社技術を用いて急ピッチで商品を仕上げていくことになります。
【STEP.4】自然の恵みと技術力が「優しく包む」商品の完成へ
一般的な鍋つかみは、手に熱が伝わらないように厚手である反面、大きさや形状などが使い勝手が悪くなる一因とされてきました。
それに対し、薄手の商品が得意なイナバの得意分野を生かした特徴が「二層構造」の採用です。
内側の手袋は手にフィットしやすい小さめの形状にした上、食器やフライパンなどに直接触れる外側の手袋との2枚重ねにすることで熱が伝わりにくい仕様となっています。
5本指にもこだわり、サイズも2パターンで展開する上、綿のキッチンミトンのフワフワしたつかみ心地を木糸で解消させるなどの工夫を施しました。
「結構手応えがあった」(雄大さん)と感じる商品は、クラウドファンディングサイト「Makuake」に出品すると目標金額の500%を達成。
木糸のナチュラルなイメージとデザインなども相まって反響を呼ぶ結果をもたらしました。
木糸の産地である熊本県小国町とイナバが工場を構える福岡県久留米市は、九州最大の河川である筑後川で繋がっています。
偶然知った素材を生かし、技術力との融合で生み出した商品は、イナバにとって新たな可能性を見い出す機会となりました。
【まとめ】各々の強みを生かして「地域を包み込む」
時代の変化を読み取りながら新たな展開を進めてきたイナバ。
ただ、国内における軍手製造の産業を取り巻く環境は決して明るいものではありません。
消費地であるモノづくりの盛んな地域を中心に拠点を構える傾向が強い軍手メーカーにあって、「かつては久留米市内でも何十社もあった」(雄大さん)と言われています。
そんな状況から時代を追うごとに次々と廃業し、久留米市内でも同様の商品を作る業者は見かけなくなりました。
これから新たなプレーヤーの登場が考えづらい状況で、雄大さんは「地域のさまざまな人たちと一緒に新たなモノを作る環境ができれば」と語ります。
モノづくりが産業として集積している久留米には、さまざまなバリエーションを持った中小の製造業が集積した街でもあります。
ジャンルが違う企業同士による強みを生かした協業でビジネスの新たな芽を生み出すことが雄大さんが描く理想像です。
【「軍手工房」ページ】