盲の男が通り掛った若い男に訊ねた。
「なあ、空はまだあるのか」
若い男は、意味が分からない、と云う風に肩を竦めた。
「いいや、分かっておる。
空はまだ儂の背を焼き、空はまだ儂の髪を濡らし、
空はまだ儂の金玉を縮み上がらせる。だがな…」
盲の男は頭を上げた。
「或る朝、儂の頬に何かが触れた。
ちいさくて、薄っぺらくて、儂は空に散らされた花かと思うた。
しかし、それはあっと言う間に形を失って、砂に為ってしまった。
儂の指先から、とても厭な感じが這い上がって、
頭の芯までが痺れるようだった。
其処で儂は考えた、あるいは空が割れたのでは無いかと」
若者は想像した。
天蓋みたいな空に無数の罅割れが走って、その薄片の降り積もる様を。
欠かれた天蓋から洩れる光が、目を眩ませ、身を焦がす様を。
若者は、空を受け止めようとするかのように広げられた盲の男の手を取って、こう答えた。
―ああ、僕も見た。