愛媛県愛南町|「産・官・学」による次世代型水産業を実現、10万尾のデータを蓄積した魚健康カルテシステム
愛媛県愛南町は、愛媛県の最南端に位置する人国約2万5千人の町です。海沿いに面し小さな島々もあり、色鮮やかなサンゴの森を海中展望船で散策できる、海の自然が豊かなところです。
愛南町の基幹産業は漁業です。
巻き網、カツオ一本釣りなど漁船を使った漁業、マダイ、ブリ類、真珠、カキ、ヒジキなどの海面養殖業、といったように多種多様な漁業が行われています。「カツオの一本釣り」水揚量は四国一です。
愛南町での生産額が400億円→260億円へ減少
他の地域と同様、愛南町でも漁業経営が厳しい状況に陥っていました。
魚の低価格化、養殖餌料の高騰、少子高齢化による労働人口の減少、といった課題を抱え、昭和57年には約400億円あった生産額が260億円まで落ち込んでしまっていました。地域経済が少しずつ衰退することで、働く場所を求めて若者が地元を離れてしまい、さらに労働人口が減って生産量も減ってしまい経済が衰退する・・・といった負のスパイラルが起こっていました。
労働人口の減少も要因の一つですが、それ以外の要因として、特に養殖漁業においては、魚病(生育環境水の化学的変化等によって起こってしまう魚介類にかかる病気のこと)や赤潮(プランクトンの異常増殖)による被害が非常に大きく、全国合わせて約90億円/年もの損失が発生していました。
愛南町での魚病による被害は、年間約5億円ほど出ていたようです。
こうした被害へ対応するために、ICTを活用することになりました。
他の産業に比べると、漁業はICT活用が非常に遅れていたため、総務省の情報通信技術人材育成・活用事業交付金(約5,000万円)を受けて、ICT活用に取り組みました。
総務省の「地域雇用創造ICT絆プロジェクト(情報通信技術地域人材育成・活用事業交付金)」とは・・・
地域の知恵と工夫を生かし、地域の人材を活用して、情報通信技術(ICT)を導入・活用することにより、地域雇用の創出とともに、地域における公共サービスの向上を図るための事業を行う事業主体に対して、事業の実施に要する経費について交付されるものです。
情報の可視化と共有による戦略的な水産業を実現
海の環境や、魚病情報を可視化して、養殖に関わる関係者の間で情報を共有する仕組みを構築しました。
具体的には「水域情報可視化システム」、「魚健康カルテシステム」、「水産業普及ネットワークシステム」の3つのシステムから構成される「愛南町次世代型水産業振興ネットワーク」というシステムを構築しました。
◯水域情報可視化システム
これまでは、水域や赤潮等に関する情報を紙媒体で漁業者へ渡していました。それを連絡漁業協同組合や水産研究センターなどが協力し、愛南町水域情報ポータルサイトへ掲載するようにしました。漁業者や養殖業者がPCからアクセスすることで、いつでも、どこからでも水域情報や赤潮情報を確認できるようになりました。
◯魚健康カルテシステム
町の水産課魚類養殖振興係の職員が魚病の診断を行っているため、電子カルテシステムを導入することで、診断情報も全てデジタル化しました。年間約15,000尾という膨大な診断情報を病気別・時期別・地域別等に分け、魚病発生状況を分析できるようになりました。
また、水域情報可視化システムとの連携も可能なので、水域情報も踏まえてデータを分析することが出来ます。
◯水産業普及ネットワークシステム
魚を食べることに力を注ぐのではなく、漁業後継者などの人材育成や愛南町の水産業における情報発信を目的として立ち上げた「ピアザ愛南ぎょしょく」というホームページが、水産業普及ネットワークシステムです。
被害が少なくなるなどの効果が表れた
ICTの利活用により、周辺地域と比較して、赤潮による被害が少ない等の効果が表れました。
水域情報可視化システムについては、月間500件以上の利用件数があります。漁業に携わるシステム利用者からは「海上にいるときでも携帯で水域情報がわかるため、直ちに対策を打つことができる」という声も出ています。
電子カルテである魚健康システムでは、平成19年度からのデータ約105,700尾のデータが入力されました。データを活用するためには、まずデータが必要になるため、こういったデータ入力も着実に行われています。
ポイント
今回のポイントは2つあります。
1つ目は、データ入力(蓄積)とデータ連携をしっかり行っている点です。ICT活用で起こりがちな問題が、優れた機能を持つシステムを導入したものの、正確なデータが入力されずデータが蓄積されないため、結局優れた機能を使いこなすことができなかった、というものです。
(特にデータ分析機能を有するシステムに多いです)
また、個別最適でシステムを導入してしまったため、システム間のデータが連携されておらず、横串でデータを確認できないという問題もよく発生します。しかし今回の事例では、水域情報可視化システムと魚健康カルテシステムでデータ連携を実現できています。
2つ目のポイントにも関わるのですが、システム間のデータ連携を行えているということは、全体最適の視点でシステム全体を検討することができており、かつ、関係者間での検討・調整がきちんと行われているということです。この点は非常に素晴らしく、見習うべきポイントだと思います。
実際に関係者の方からは以下のような話しが出ていました。
愛南町次世代型水産業振興ネットワークシステムは、全国初のシステムであり「どのように作るか?」という点で苦労した。養殖業者、愛媛大学教授等の有識者、漁業協同組合、町、システム開発業者で協議会、ワーキンググループを設置し、十分な協議・検討を重ねシステム開発を行った。
自治体、漁業協同組合、大学(研究センター)、システム開発会社、という「産・官・学」が上手く連携しながらプロジェクトを進めることができた、という点が成功のポイントです。