「〇〇べき」というルールを作らないことの大切さ。
私が「うつ状態」というものを経験して学んだ大切なことの一つに、「自分の中で作ったルールにとらわれすぎない」というのがある。
私はもともと真面目な性格で、ルールを守ることや、時間を守ることに対しては、人一倍厳しかった。プライベートから職場まで、あらゆる場面で、守れるルールはきちんと守りたいのだ。
それは「ルールは守るためにある」し「ルールを守らなければ自分と直接関係はなくても、自分が気づかなくても困る人がいるかもしれない」と思っているからだ。そもそも一つ一つのルールは、必要に駆られて作られたと思っている。
例えば、信号機。夜、誰もいない交差点を渡ろうとしていたとする。信号は赤。
左右を確認して、渡る人もいるだろう。私はそんな時「赤だから渡ってはいけない。」とか「もしここで渡って不意に出てきた車に轢かれたらどうしよう。」とか「誰かに見られたら注意されるかもしれない。」とか、そんなことを考える。そして、結局青になるのを待つ。
このように社会的に決められているルールは、もちろん守らなければいけないし、それに対してストレスを感じることはないのだが、とにかく、こんな具合に真面目で心配性な性格なので、自分の中で決めたルールでもきちんと守らなければと思ってしまう。
そして、ルールを作ることよりも問題なのは、ルールが守れなかった時の私の思考だ。何か一つでもできないと自分のことを必要以上に責め、だめな人間だと思ってしまう。
あの頃の私は週5でジムに通い、食事管理も徹底していた。口に入るものはすべて計量し、カロリーコントロールを欠かさない。できなかったら自分は怠け者なんだと思っていた。
うつ状態だったころは、自分の中でのルールが多すぎて、自分自身を苦しめていた。
自分の体調よりも何よりも、ルールの優先順位が高かった。
でも今、少しずつ、自分の中での柔軟性を見つけようともがいている。
「〇〇べき」というルールはできるだけ作らないようにしている。
無理をして何かをすることはしない。気分が下がりそうな日は、予定を空けてゆっくり過ごす。「しない」という選択肢も取り入れる。そしてなにより、できない自分を許す。
自分の限界を超えて、頑張り続けていた日々は、毎日必死で、限界なんてものに気づく余裕もなかった。
今思えば、明らかに頑張りすぎていた。そこまでしなくても良かったんじゃないかなって思うことがたくさんある。
自分の限界を知った今は、前よりも上手く自分と向き合えるようになった。
「今日は気分が乗らないな。もし今頑張ると、気分が落ち込みすぎてしまうかもしれない。今日は仕事前にジムに行くよりはnoteに書き込みをして、頭を整理させよう。」
と、今こうして書いているわけだが、これでいいのだ。
自分の状態を知り、より良い判断ができるようになった。
人に迷惑をかけることならこれから先もルール優先だが、自分の中で作ったこの程度のルールなら、守れなくても誰にも責められたりはしないし、1日を安定した精神状態で過ごすためには、ゆるっと生きることも必要なのだ。
このように考えられるようになったことは、私の中でとても大きな一歩だ。
少しずつ自分を許せるようになったことで、他人に対しても許容範囲が広がったと思う。少しくらいできていないことがあっても「まあ、そんなこともあるよね。」「完璧にできなくても仕方ないよね。」「みんなそれぞれ理由があるよね。」とゆるっと考えられるようになってきた。
昔の私なら「なんで決められたことがちゃんとできないの?!」と口にしないまでも思っていたと思う。
「人に優しく自分に厳しく」なんてよく聞く言葉だが、自分に優しくすることも良いことだ。自分に優しいと、他人にも優しくなれる。自分を許すと、他人も許せるようになる。
手を抜くことが苦手な人、ルールを守ることを最優先に考える人、少しのズレも許すのが苦手な人、何でも全力投球する人、自分の限界を知らずに頑張りすぎてしまう人、頑張ることが一番大事だと思っている人、人から頼られるのが好きな人、
頑張るあなたはとっても素敵だと思います。みんなあなたの頑張りに感謝し、あなたの頑張る姿を尊敬していると思います。
ただ、休むことも悪いことではありません。自分に優しくし、自分を許し、たまにはゆるっとして心を休ませることもしてあげてくださいね。
頑張り過ぎなあなたは、自分を甘やかしていると感じるくらいが調度良かったりもします。
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