『箱男』にみる、匿名性に守られた窃視者
石井岳龍監督による芥川作家・安部公房の同名小説初の映像化。
一度、海外で始動していた企画が頓挫して数十年、本編に至る。
当時のキャスティングそのままに贅沢な布陣で異常な物語が動き出す。
モノクロにはじまる導入はワクワクした。
これはひょっとするかもしれないと思った。
”箱男”(永瀬正敏)によるモノローグ。匂いは昭和。
そう昭和感が半端ないのだ。
頭から段ボールをかぶり、完全な匿名性を手にして世界を一方的に覗き見る“箱男”と、その謎の生態に魅せられ自らも箱男になる贋医師(浅野忠信)と死目前の軍医(佐藤浩市)の三つ巴の攻防を描く。
狭い箱のなか、観念的言葉の虜となっている箱男が書き殴った文字踊るノートが蠱惑的。
贋箱男もまた模倣した暁に書くことに囚われていく。
あれほど衝撃を受けたはずなのに細部を忘れているから、これが映画化成功か失敗かわかない。
けど、こんな構成の話じゃなかったはずだ。
書くこと、人間の帰属、ふたつのテーマは朧げで散漫で、全体とおして突き抜けてはいない。
たとえば、文芸映画を数々成功させてきた市川崑監督の『砂の女』は傑作である。
こんな話じゃなかったなんて、市川崑×夏十さんの脚本にはないのだ。
それに較べると取るに足らない、だからといって映画化に感謝しないではいられない。
こんなにも昭和の匂いプンプンする作品は貴重になってきている。
紅一点看護婦役を演じた白本彩奈さんの度胸、彼女がいてこそ成り立ったといって過言でない画面の魅力が随所にある。
奇想天外な攻防の行方は果たしてー
原作がどうだったか、帰宅して本棚を探すも見当たらない。
いつ手放したのやら。これから書店へいかなければ。
ちなみに、石井岳龍監督作品はいつも食指動かず、近年の数作品を観ただけなのだが、『蜜のあわれ』で初めてよいと思えたのだった。あれは港岳彦さんの脚本とキャストがよかった。