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海のお魚と川のお魚 b2
立川 Y 生桃
「こんにちは。ウミノ セイゴです。」
「はじめまして。カワノ アユだよ。」
川が海と交わる河口で二匹のお魚は出会いました。
ある日。川のお魚のアユ君が、海のお魚のセイゴ君のおうちに初めて遊びにやってきました。
アユ君はびっくりして目をクリクリさせました。川のお魚のアユ君にとって、こんなに広くてこんなに静かな水の中は生まれて初めてだったのです。
アユ君とセイゴ君は海の中をゆっくりとゆっくりと自由に泳ぎ回ります。まるで遊園地の観覧車のようです。アユ君が言いました。
「海って、すごく広くてすごくのんびりしているんだね。」
「ほらっ! 見て、アユ君。」
セイゴ君がアユ君の言葉をよそに大きな声で言うと、アユ君の後ろの方からたくさんのお魚の群れがドッ、とやって来ました。
キンキン キラキラ キンキラキン。
ギンギン ギラギラ ギンギラギン。
何万匹というイワシの大群です。アユ君とセイゴ君の目の前を、イワシの大群がゆうゆうと通って行きます。
キンキラ キラキラ キラキラキン。
ギンギラ ギラギラ ギラギラギン。
まったく何という素晴らしい光景なのでしょう。
「すごーい……」
アユ君は、思わず小さな溜息を洩らしてしまいました。
セイゴ君とアユ君は、海の中を何時間も泳いで遊び回りました。もうお腹がぺこぺこ。はい。今度はお食事です。セイゴ君のおうちは大きな岩と岩の間にある立派なおうちでした。
アユ君は、今まで石にくっついた緑色の苔しか食べたことがありません。セイゴ君はアサリ貝と小さな海老を出してくれました。それはアユ君にとって大変なごちそうです。アユ君は、
「おいしい、おいしい。」
と言って全部食べました。そして、
「海って、何ていい所なんだろうね。」
とセイゴ君に笑いかけると、
「ありがとう。……ねぇ、アユ君。明日、今度は僕がアユ君のおうちへ遊びに行ってもいい?」
とセイゴ君が言いました。
「うん。いいよ。」
アユ君はセイゴ君と約束しました。
アユ君は、セイゴ君とバイバイをすると、急いで川に戻りました。そして、川のお掃除を始めたのです。アユ君の棲む川は浅い川なので、セイゴ君が遊びに来たら大変泳ぎにくいだろうと思いました。
川底の石ころを全部、川の隅っこに寄せました。それから、アユ君は川底の砂を鼻の先や尾ひれを使って掘り始めました。少しでも海のように広い水中にしようと思ったのです。
けれど、この仕事はとにかく疲れました。アユ君は疲れて途中で眠ってしまいました。
朝、目が覚めるとアユ君は自分の体が重たいことに気付きました。砂のお布団をどっさり頭から尻尾まで被っていたのです。アユ君は力一杯体を動かしました。砂を掻き分けてやっと小さな顔を出すことが出来ました。
「ハクション。ハクション。ハクション。」
くしゃみを三回しました。あたりを見回します。
せっかく掘った砂も元の通りになってしまっています。川底の石ころも上流の方から再び流れて来ていて、昨日とほとんど変わらない石ころだらけでした。アユ君は、悲しくて泣きたい気持ちになってしまいました。
!
「おーい。おーい。」
その時です。川下の方から海のお魚のセイゴ君の声が聞こえて来ました。見ると、セイゴ君が一生懸命、川の流れに逆らって泳いでこっちへやって来ます。
アユ君も心の中で一生懸命セイゴくんを応援しました。そして、ようやくセイゴ君はアユ君の元に辿り着くことが出来たのです。
アユ君はセイゴ君に、
「大丈夫かい? 疲れたろ?」
心配そうに尋ねました。
「うん。少し疲れたけど大丈夫だよ。それよりね、僕ね、アユ君が海の中であんなに力強く泳げる秘密が分かったよ。いつもいつも、こんなに激しい川の流れで泳いで体を鍛えていたんだねっ。」
と、セイゴ君が言ったその瞬間です。セイゴ君が川の流れにドブン、と呑み込まれてしまいました。
「セイゴ君!」
アユ君はびっくりした声を上げました。
「ワーッ!」
セイゴ君も悲鳴を上げました。ところが、セイゴ君の悲鳴はすぐにうれしい歓声に変わったのです。
「ワーイ。ジェットコースターみたいだ。」
アユ君は、セイゴ君を追い掛けて全速力で泳ぎました。
「気をつけるんだ。セイゴ君!」
アユ君がセイゴ君の後ろから声を掛けます。セイゴ君は言いました。
「こんなの初めて! 楽しいよ!」
すぐ先に小さな滝壺がありました。セイゴ君の体が、
「ピョンッ!」
と跳ねました。そして、
「ポチョン……」
と滝壺に落ちました。続いてアユ君の体も、
「ピョンッ!」
そして、
「ポチョン……」
同じく滝壺に落ちました。滝壺の深い水の底で、アユ君とセイゴ君は顔を見合せました。
「楽しいね。アユ君。」
「うん。楽しいね、セイゴ君。」
「もう一回やろうよ! アユ君。」
「うん!」
アユ君とセイゴ君はもう一度水面へ上って、
「ワーイ、ワーイ。」
「ピョンッ!」
「ポチョン……。ブクブクブク……」
「ワーイ、ワーイ。」
「ピョンッ!」
「ポチョン……。ブクブクブク……」
セイゴ君とアユ君は五回も続けて跳びました。
「おな……かが……すいたねぇ。」
セイゴ君が息を切らしながら言うと、
「うん。……でも、ごめんね……。セイゴ君の海のごちそうみたいにおいしい食べ物は、僕のこの川にはないんだ。」
アユ君は正直に言いました。
「こんなにお腹がすいてたら、何を食べてもきっとおいしいよ。」
セイゴ君はアユ君に言いました。
アユ君は、いつも自分の食べる苔がいっぱい生えた岩場へセイゴ君を招待しました。そこには今日も苔が岩いっぱいに生えています。アユ君とセイゴ君は、一緒に苔をムシャムシャ食べ始めました。
すると、
「なんて、おいしいんだろっ!」
セイゴ君が目をクリクリさせながら言ったのです。それは本当でした。アユ君もそう思ったのです。すぐに分かりました。自分だけじゃなくてセイゴ君と一緒に食べているから、いつもと同じ苔でもこんなにおいしいんだ。
「ねェ、アユ君? なんだか、僕、すごく力が出て来たよ。すごいね、この苔。どんどん体に力が出てくるコケなんだ!」
夕日が、海のすぐ上で燃えるように紅くギラギラなっています。夜になってしまいます。もう、セイゴ君は海のおうちに帰らなければなりません。
アユ君はセイゴ君に、昨日石ころを片付けて、川底の砂を掘って、でも、全然駄目だったということを照れ臭そうに話しました。
「ハハハハッ。」
セイゴ君は大笑いしました。
けれど、セイゴ君も、やっぱり照れながら俯いてこう言ったのです。
「アユ君が大急ぎで川に帰って行っちゃったから、僕はきっと海の水がしょっぱくて嫌われたんだと思ったよ。だって、ほら。アユ君はこんなにきれいな水の中でずっと暮らしているんだもの。だから、僕は……本当はビクビクしながらアユ君に会いに来たんだよ。アユ君に嫌われていたらどうしようかって……」
海のお魚も川のお魚も、お魚はお魚。世界中のどこに棲むどんなお魚だって、みんなお魚はお魚。
はいっ。海のお魚のセイゴ君と川のお魚のアユ君は、こうしてお友達になりました。
(了)