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月夜のお散歩
M 生桃
月の日。ケトルに火を掛け、湯覚めたワタシは、硬質グラスの底のエクセラをブラックのままに熱湯を注ぎ、食物繊維製のストローで飲む。貧そうなストローは熱に負け、ワタシの舌はその苦味とその幽かなトロみに焼かれる。
液体もストローも平らげたワタシは、エレベーターで最上階をめざす。ドア
が開く。屋上に来たのだ。雲の膜をつらぬくバベルの塔がそそり立つ。ワタシはワルキューレの騎馬に跨ぎこの上、天をめざす。神と相まみえるのだ。
蛇奴が馬の太首へネクタイの如く巻付いた。いや。これが神に会う正装なのだ。大海が小川のようだ。銀にさざめく小魚の群れを遥か眼下にワタシは飛ぶ。アア‥‥。だが。電撃が全身を毀した。ワタシは雷に撃たれたのだ。
崩壊してゆくバベルよ。溶けゆくワルキューレのしもべよ。蘇りゆく大海
よ。アア‥‥。されど、ワタシはその意識を聞いた。「この堕天こそが昇天なり。」と、神はおぼし召す。かくて、ワタシの中のドアは永遠に開いた。
(了)
絵 岡靖知
写真 月夜乃散歩