「LISTEN」ブックレビュー
聞くことは自分を成長させること。考えてみれば、教師という仕事は発信することがほとんどで腰を落ち着けて話しを聞くということが少ないように思う。生徒指導の場面でも自分の考えを一方的に伝えているケースが多いのではないだろうか?
しかし、それは本著によると教師側の機会損失である。人はインプットにより学ぶのだ。インプットというと読書や動画、そして教科書からの情報を仕入れることが想像される。しかし、「人の話しを聞く」という行為もインプットであり、読書や映画よりも効率的に自分の人間性を豊かにするものである。生徒に「伝える」のではなく、「生徒から学ぶ」という姿勢は聞くことで達成できるものかもしれない。
みなさんは私も含め、必ず一度は人間関係を壊した経験があると思う。その主な原因は自分の意見を一方的に伝え、相手の話しを全く聞かなかったことに起因してはいないだろうか?その人間関係が終わらせて良かったと思えるようなものであればそれで良いのかも知れないが、例えばそれが自分の中で大切にしたい関係であったのであれば大問題だ。自分が大切にしたいことを大切にし続ける。そのためにも聞くという技術は人の幸せを担うものだと言っても過言ではない。最近は「孤独力」などという言葉も聞かれるが、人間は社会性の動物であり、孤独であると早死にのリスクがアルコール依存や肥満と同等にまで高まるという。聞くことで人間関係が良好となり、健康で長寿、そして幸せな人生に繋がるのである。
ちなみに、スマホで動画やSNSを視聴する時間が長い人はその時間に反比例して幸せを感じる時間が短くなり、不安や鬱に悩まされる確立が高まるという研究結果が出されているということである。スマホを介しての人間関係はそれほど希薄で、人間の社会性を満たすものにはなり得ないということだ。
近年「インフルエンサー」という言葉に代表されるように、発信する力がある人が世間での成功を意味すると捉える人が多い。しかし、その実は「聞き上手」な人の方が圧倒的に成功している。例えば、元大阪府知事・市長の橋本徹氏は世間で思われているよりも聞き手に回ることが多く、一対一で会った人が心配になるほど、ほとんど話しをしないらしい。普段からインプットを大切にし、来たるべきに備えているということだろうか。
それでは聞くためには何が必要なのだろうか?それは、相手に対して興味関心を持つということである。「なぜこの人はそのように考えたのであろうか?」「どうして、この人はこのような感情を抱いたのであろうか?」それを意識することで自ずと相手の会話は引き出せるのである。本著で紹介された元CIA職員のマクマナスは聞く力で他国のトップシークレットな情報を引き出し、国を守ってきた。国が安全でいられるのは聞く力に秀でた人たちが支えていることに他ならない。
最近離婚する夫婦が増えているが、その裏にあるのは近接コミュニケーションバイアスと言って近い関係ほど我々は「すでに何を言うかわかっているから。」と聞くことをおろそかにする傾向があるからだと著者は説く。人は刻一刻と変化していくので、人間関係は常に新鮮であると考えた方が良いが、身近な関係ほどマンネリ化してしまうのである。それがすれ違いが起こる原因だと言う。
良い聞き手になるためには何が必要なのだろうか?その鍵となるのは傾聴力と共感力である。傾聴力とは文字通り耳を傾けて聞く力である。共感力とは相手が話した感情を共に感じられる力である。共感力を示すためには俗に言う「オウム返し」ではなく、話しの内容について自分なりの解釈を伝えたほうが「理解してくれた!」と相手は感じるものだ。そして、人は論理よりも感情が優先する動物であるということも知っておく必要がある。人の話しをしっかり一言一句欠かさず聞くとよくわかるのだが、論理的に物事が語られることはほとんどない。その時々の感情が話しの大半を占め、内容も飛び飛びになるということに気づくであろう。内容の部分よりも話の大半を占める感情の部分に集中することで聞く力の効果は何倍にも膨れ上がるのだ。
しかし、我々は人の話しを聞くことがなぜこんなにも苦手なのだろうか?それは、相手が話したことに対して「どのように返答しようか?」と話を聞きながら考えてしまっているからだという。うまい言い回しを考えるのではなく、相手の話したことを受け入れるという姿勢を示した方が会話は弾む。注意すべきは、うわべだけの内容ではなく、先述したようにその会話の背景にある感情や真の意味を理解しようと努めながら聞くことだ。そうすることにより、自ずと相手との距離感は縮まっていく。
生徒を指導するときに一方的に話しをたたみかけてはいないだろうか?変化というのは相手が自分自身の言葉で自身を説得出来たときに起こる。それを引き起こすためには、教師が生徒を説得するのではなく、生徒の言葉を引き出すという努力が必要だ。
聞くことに関しては男女差があるようだ。一般的に女性の方が感情移入して話しを聞くことに秀でているとのことである。男性教師はそのことを充分に自覚しておく必要があろう。男女差があるのだから、もしも学校が多様性というものを取り入れたいのであればチームに必ず女性教員も入れなければならないということがここでも証明されている。
耳には左右でその能力に違いがある。右利きの人は右耳で相手の言葉を理解し、左耳で相手の情緒を理解するという。会議など内容の理解が必要な場合は右耳を傾け、逆に生徒指導のように相手の感情に寄り添う場面では左耳を傾ける方が良いということだ。
気をつけなければならないのは、人間は「聞いた気になる」ということが起こる。例えば騒音などで相手の話しが聞きづらい状況では、脳は空白の言葉を勝手に埋めようとしてしまう。これにより相手との齟齬が生まれるのである。そのため、人の話しを聞くときはなるべく静かな場所を選ぶ方が良い。しかし、最近は換気の問題があるのでなかなかそのような場所を見つけることが難しくなってしまったが。。
本著はスマートフォンの問題にも触れている。デジタルネイティブはともかく、我々の世代のようなそれが無かった時代に生まれた人間は最近「せっかちになった。」と感じることはないだろうか?また、何もせず「ボーッとする」ことが苦手になってはいないだろうか?世の中を変える新しいアイデアというものは何もしない時間に着想され、生み出されたものである。スマホが近くにあればそれだけで気が削がれてクリエイティブな発想ができなくなってしまう。教育界のICTの推進とクリエイティブ発想というのは同義なものとして語られることが多いが、その流れは逆に人から発想力を奪っていると言える。そのあたりの研究は今後進んでいくことを期待したい。マイクロソフトが実施した調査によると人の集中力は2000年以降12秒から8秒に低下したという。また、ウエブ記事を読むかどうかの判断は15秒以内に人は決定し、3秒以上表示に時間がかかると人はイライラし、その記事から離れてしまう可能性が高くなる。
スマホは人間関係を壊すツールにもなる。テーブルの上にスマホを置いておくだけで、人の集中は削がれ、そのテーブルは互いに親近感を抱かなくなるという。また、ある調査では子どもの話しをスマホからメッセージが届いたことにより無視した経験をほとんどの人がしているという。スマホからのあまり大切でもないメッセージのせいで、自分の一番大切な人を大切にしないという現象が世間のあらゆるところで起きているという事実は見過ごせない。別の調査では家族団らんの時間を多く持つことで、うつや薬物乱用の予防、学習成績の向上が認められたという。自分の子どもが勉強が苦手ということであればまずはスマホをどこか別の場所に置いて、家族で一緒に食事をするということから試してみても良いだろう。もちろん、この話は保護者面談のときに一つの例として提案してみても面白い話である。
人はうわさ話が大好きである。一説によると成人同士で交わされる会話の3分の2がうわさ話しということだ。話している時は楽しいが、話し終わるとなんとなく罪悪感が残るうわさ話しだが、それはそれで価値のあることらしい。人はうわさ話を通じて「どのような人が排除されるのか?」「どのような人が受け入れられるのか?」などの情報を得ている。そして、うわさ話はチームの結束も強めるという。チーム力を高めるためには残念ながら生け贄は必要のようだ。
あなたがもしも数多くのうわさ話を日々聞いているのであれば、それはあなたがチームの中で信頼されている証である。人は自分が心許せる相手にしかそのような情報を流さない。うわさ話ばかりだと飽き飽きするかもしれないが、その立場に感謝し、ここまでで学んできた傾聴力と共感力を生かしてより多くの情報を手に入れるようにしよう。人間関係の構図はうわさ話を聞くことにより明らかになっていくのである。
教師として一番困るのは疲れているときにも生徒の話を聞かなければならない時ではないだろうか?そんな時は何かしら用事を伝えて、話を先延ばしにするということも有りだ。人の話を聞くという行為はとてつもなく体力を使う。疲れているときに相手の話を無理やり聞こうとしても、結果は上手くいかないものだし下手したらその生徒との関係が悪化してしまう可能性もある。
ここまで述べてきたことと矛盾するようだが、あまり人の話を深く聞きすぎるのも良くない。人は自分の心のうちを明かしすぎた相手とは再会することを躊躇うようになるという。深い話しというのは一気に聞くのではなく、少しずつ打ち明けさせるぐらいが丁度良い。人間関係は長い時間をかけて作るものであるということを念頭におくと、物事は今まで以上に容易に進みやすくなる。
本書を読むといかに自分が人の話しに注意を向けていないか反省する。カウンセラーという職業でも聞くに徹するのはなかなか難しい。話すことが職業の教師であれば尚更である。指導というのは何かしらを伝え、生徒の考えを変えるというイメージが強い。しかし、本来指導というのはその生徒の内の変化を起こすことを目的とした行為である。内の変化というのはそれを必要としてこそ始めて起こるものである。変わりたくないのに、「変われ」と言っても効果は薄い。「聞く」行為を通じて、その生徒の心の中に「変わりたい」という気持ちを育むことが真の指導と言えるのではないだろうか。聞くことは話すよりも数段難しく、体力もいる。しかし、本書を読むことでその力がいかに絶大かを理解することができるだろう。項目が短編で読みやすいが、同じような話しが繰り返されるので多少飽きるところもあるし、ページ数も多い。この冬休み中のイベント、大掃除の間に細切れ的に読む感覚が丁度良いように思う。2021年も残りあとわずか。自分の指導方法を振り返り、来年からの生徒指導に活かしてはいかがだろうか?
世界を旅するTraveler。でも、一番好きなのは日本、でも住みたいのはアメリカ・ユタ州。世界は広い、というよりも丸いを伝えたいと思っている。スナップシューターで物書き、そうありたい。趣味は早起き、仕事、読書。現在、学校教員・(NGO)DREAM STEPs顧問の2足の草鞋。