見出し画像

【掌編】惑星投手

知ってのとおり、地球への投球には拠点が必要となる。

八方美人の冬の関係者が、地球からの歴史的な和解を強い直球のみで発表した。対してこちらは、上空では誰もが代表だと示す大きな投球を。長年にわたって握手を交わした子どもは反対意見を投げた。

猿の姿に似た夢中の恋のそのときに、こちらの投手陣にしてみてもいらぬ逡巡を要する。今月だけですでに五十六箇所からの返球を余儀なくされているのだから、後手後手の対応だとの指摘は甘んじて受けよう。
休みなく三十球ほど投げつづけた男などは薔薇柄の潜水服に逃げこんだかと思うと、高熱を出しながら空の青を泳ぎだしたものだ。

感化されたか太陽め、ここぞとばかりに日照り、水没都市はつまらぬ廃墟と成り果ててしまうし、ウン十億年そこそこの、なんとかいう若造が我が物顔でいるのだから魚たちは森の宙に浮くほど。
そんな魚が散在するから、壁になって、壁は魚であるからいつしか死んで、腐って、異臭を放つ。それがわれわれの臭い。香水が飛ぶように売れ、だれもが陶酔したのだからこの有り様までの細かな経緯などは省略しよう。

投手陣の責は重い! だれかが放ったその不実こそが戦犯であって、とうの本人たちにいかな職責があろうか。
希望を走る夜のように、水の底のわれわれを洗う彼らの一投は見失った蝶の前翅の毛布にくるまれている。

娘たちのすべての手足を切り貼りしてみても決まっておさまりが悪く、投手の想見は未だ見えず。ならばと延々と遠投の憂き目。潜水服に逃げこんで、いまや砂漠の都市を泳ぐ。
惑星投手よ、どうか今は蜜をすする振りで我慢していて欲しい。その肩に舞い降りた蝶の、翅脈のなかを泳いで待つべし。まるで蛹のなかを思い出すようにして。

事情を知りつくした春は走った。われわれの長い眠りをさますように、大粒の、塩辛い液体を流しながら走った。それで廃墟は深いところへ潜りなおし、潜水服は胸を張ることができた。
こうした前兆は変革の母親であり、つまり母親は涙の海で完成されるはずだった。だが、傑物というものは素晴らしい両親の元にはこない。それは母親の完成が不完全であることと、父親の不在を暗示して、なおもつづく投球は、肩の荷を降ろそうとすらしていた。

それでも前兆は転がりだしていたから、無粋にとまることもなく、魚たちをも海へと押しもどす。われわれの記憶が三十秒しかもたないと、そうした噂が病のように空を覆ったが、それでもかまわなかった。
三十秒もあれば、ふたたびその使命を見出すのに足りる。春筍のように、果たすべきことをあらかじめに知っているのだ。

目的がわかったのなら、手段はもう染みついている。両肩の蝶の、前翅の毛布は蛹を突き破り、天高く地の底までの道案内。球はいくらでも、こころのうちから湧いてくる。

猿の姿に似た夢中の恋のそのときに、地球上のどこか、異なる惑星たる隣人に向け、第一級の一球が放たれる。打てるものなら打ってみよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?