【小説】『心が動く時 iN THE WHiTE』
目が覚めて、窓の外を見ると
真っ白だった。
雪だ。
夜中の間に、だいぶ降ったらしい。
かなり積もっているみたいだ。
そこまで考えてから、窓際の寒さに気づき
慌てて離れた。
雪のめったに降らない土地で育ったから
降ったり積もったりすると
トクベツな瞬間に巡り合えたように感じて
すごく心が躍る。
ニューヨークでの、初めての冬、雪。
トクベツ感が増す。
よし、今日は、レッスンは休んで
セントラルパークに言ってみよう。
きっと、美しい雪景色が見られる!
そんなことを考えながら
クランベリーベーグルを
スライスして開き
バターを落としたフライパンで焼き
市場で買った小ぶりのフジリンゴを添えて
もくもくと食べる。
セントラルパークで雪景色を見たら
前から気になっている
チョコレートのカフェに行ってみようかな。
楽しい気分の時は
次々と、楽しいアイデアが浮かぶんだ。
朝食をすませて
赤のダウンコート、もこもこのスノーブーツ
耳当て、手袋、マフラー・・・入念に防寒対策。
ニューヨークの街が、こんなに寒いなんて
知らなかった。
そして、この後、街に繰り出して
ニューヨークに、こんなに雪が積もるなんて
知らなかった、と気づくことになる。
すごい、積雪量だ。
すでに、除雪車が走行した後らしく
車道は、通りやすくなっているが
横断歩道は、除かれた雪が積み上げられて
渡れないくらいの高さの雪山が完成し
立ちはだかっている。
いつもと違う、雪を被った街の光景に
驚きと、ときめきがとまらない。
陽の光を浴びた雪のように
心がキラキラ、輝く。
楽しくて、震える。
心が激しく揺れ動いて
つられて、体が震える感覚が
たまらなく、好き。
生きてる、って感じだ。
踊り出さずにはいられない
快感、エクスタシー。
わたしがダンサーになると決めたのは
自分の激しい情動を
静かな日常の暮らしの中では
処理し切れないと思ったからだ。
怒る時も、悲しむ時も
楽しむ時も、歓ぶ時も
自分を中心とした竜巻が発生しているのでは?
と思うくらい、巨大なエネルギーが渦を巻く。
世界を破壊してしまわないように
わたしは、ダンサーになったんだ。
だけど、わたしが今、ニューヨークで
一時的に暮らしている理由は
踊れなくなったから、だ。
踊りたくなくなったんじゃない。
踊れなくなった。
原因は、おそらく
心が、動きを止めてしまったから。
心が動きを無くして、気づいたのは
人生の動き、展開、広がりは
心の動きに連動している、ということ。
心が動かなくなって
踊れなくなったら
わたしの人生から、色や、音や、ぬくもりが
消えてしまった。
この目の前の、真っ白の雪景色みたいに。
本来の、心、体、人生の
動きと、彩り、熱を、取り戻すために
わたしは、ここへ来た。
自由と多様性、表現と創造の
エネルギーが踊るこの街は
とても刺激的で
数ヶ月、暮らしながら
ダンスレッスンに通い
出逢い、触れ合いを味わう中で
少しずつ、かつての自分の
動きや、温度が、戻って来た。
けど、あと少し、もう一歩、という感じ。
何かこう、激しく、心が燃え上がるような
体感が欲しい。
それを以って、本来の自分に還れる
そして、日本に帰って、改めて
新しい物語を始められる
そんな気がしている。
今、通っているダンススタジオの
大好きなダンス講師、シーラは
出逢ったばかりの頃、わたしに
「心が動くことをしなさい」と、言った。
「魅力的なダンサーに必要なことは
技術を磨くことじゃないの。
楽しいことや、嬉しいこと、
ーーー心が動くことを、たくさん経験する。
人生で体験した心の動きは、すべて
表現に反映されるから
色んな感情を味わっている人のダンスは
とても魅力的なのよ。
楽しみなさい。遊びなさい。」
ダンスの先生に
「技術を磨くよりも、遊ぶ方が大事」と言われて
驚いたけれど
シーラの話は、理解できた。
心が動いていなければ
踊れないもの。
シーラは、わたし以上に
心の動きの激しい人だった。
感情が、服を着て歩いているような。
歓ぶ時も、怒る時も、とても派手で
その勢いに何度も圧倒されたけれど
すがすがしくて、美しいと思った。
そんな彼女のダンスは
心、人生の彩りの豊かさが感じられて
本当に魅力的だ。
この街で暮らして
シーラと出逢って、踊って
心が動きを、取り戻し始めたら
日々の暮らしが、どんどん
楽しくなっていった。
日々を、楽しめるようになって
また、踊れるようになって
わたしは、なぜ
それが出来なくなっていたのか解った。
ダンサーを仕事としたことで
自分の心の動きよりも
周囲の期待、評価、選ばれることに
注目するようになり
自分の心を置き去りにして突っ走った。
人生を、生き進めていたら
たくさんの物を手に入れて
たくさんの物を手放して
物語も世界も、めくるめく、変わっていく。
けど、その人生の旅の中で
最も大切な持ち物は
『心』だ。
自分の心が、今を感じさせてくれて
望む未来への道標を示してくれる。
心という動力であり、羅針盤を失って
辿り着けるハッピーエンド
なんて、無いんだ。
傷ついても、恐くても
感じること、心を動かすことを
やめてはいけない。
心が動いて、感じるそれは
必ず、自分にとって、大切な何かを
報せてくれているから。
現実の出来事から逃げたとしても
自分の心からは、逃げてはいけない。
今、わたしの心は、日々豊かに動き
そして、熱を持って
「ステキな贈り物が届く」と報せている。
わたしが、わたしで在るために
必要な出逢いが
ここ、ニューヨークで獲得する
最後のピースが、現れる
・・・そんな、予感。
***
地下鉄に乗り込み
セントラルパークの雪景色を
わくわく想像しながら
ニューヨークの地下を進む。
目的の駅に到着し、地上に出ると
いつもは颯爽と歩くニューヨーカー達が
そろりそろりと、転ばないように
ゆっくり歩く奇妙な光景が目に入った。
急ぎたいのに、急げない
もどかしさが感じられて
くすっと心の中で、笑いつつ
早く目的地に着くよりも
転ばない、ケガをしない方がいいよねと
どこかの誰かを勝手に励ましながら
セントラルパークの入り口に着いた。
雪の白を被った、樹々、芝生、
柵、銅像、街灯、心躍らせるすべてを
一つも見逃さないように
視界全部を凝視する。
濃い緑が生い茂る姿も
朱や黄金色に染まる姿も好きだけれど
雪の白と光の陰のグレーの姿も
幻想的で、好きだ。
公園の奥へ奥へと、進み
川と石の橋がある場所に辿り着くと
凍った水面に、たくさんの鴨が集っていた。
水面の鴨たちから
空に視線を移すと、一面、どこまでも白く
地上に視線を降ろしても、白く
そんな色の無い世界で
真っ赤なコートを着て立っている自分が
とても異質な存在のように感じた。
「あの」
急に、背後から声が聴こえて
驚いて、振り返ると
そこには、今の自分と同じく
白の世界の中で、異質な
真っ青なコートを着た人が立っていた。
***
目が覚めて、窓の外を見ると
真っ白だった。
雲だ。
昨夜、ニューヨーク行きの飛行機に乗った。
ぐっすり眠り、すっきりした頭で
ここに至るまでを、思い返した。
「心が動くことをしなさい」
スランプに陥ったおれに、師匠は言った。
なるほど、と思ったものの
どうすればそうなるのか分からず
街をぶらぶら歩いていたら
旅行代理店の前を通りかかった。
そういえば、しばらく旅をしていないな。
ぼんやり、ポスターを眺めていたら
「旅行いくの?」と、通りかかった友人に
声を掛けられた。
「いや、うーん、どうかな」
「なにそれ」
「ねぇ、旅行にいくとしたら
どこに行きたい?」
「えっ?おれ?・・・おれはねー、
ニューヨークかな!
前にテレビで特集しててさ
ホットチョコレートが
美味しそうだったんだよねー!」
「おまえ、甘いもん、好きだもんな」
「おまえは、あんま好きじゃないよねー」
「・・・なるほど、よし、じゃ、
そうするわ」
「えっ?!なにが?!」
驚く友人をスルーして
目の前の旅行代理店に入り
ニューヨーク行きの飛行機のチケットと
適当なホテルを予約した。
あまりにも衝動的な行動だが抵抗はなく
友人に驚かれても気にならず
とてもスムーズな動きで旅を決めた。
今のおれが
「心が動くこと」について考えても
答えは出そうにないから
せっかくやってきた衝動に
委ねてみようと思った。
地図が必要かと思い、その足で本屋に向かい
数社のガイドブックを読み比べたが
どれもピンと来ず
いつも立ち寄る文庫本コーナーに移り
自分の名前を探した。
初めて小説を書いたのは、5年くらい前だ。
そこから何作か、短編小説は書いたが
処女作以外、まったく売れず
今は、何も書いていない。
担当の編集者に
「なるべく早く次回作を」と言われても
「書いても売れない」と思ってしまい
書く気になれず
もう、作家は辞めて
就職でもしようかと考えていたら
師匠に呼び出され
「書いても売れない」んじゃなく
「書いても楽しくない」んだろう、と言われ
「心が動くことをしなさい」と助言を受けたのだ。
心が動くこと??
言われて、考えて初めて
おれには、かなり長い間
それが起きていないような気がした。
初めて小説を書いた時は
書きたい物語、書きたい世界があって
夢中になって書いていた。
書くことが、楽しかった。
完成した処女作は
いくつもの賞を獲り、ベストセラーとなり
おれは、有名作家になった。
しかし、その後、次の作品を書こうとしたら
まるで、書き方を忘れてしまったみたいに
書けなかった。
有名作家になったことで
周囲の目や声、期待、評価が気になって
何が書きたいのか、ではなく
何を書けばいいのか、を考えるようになり
そうなった途端
いろいろ浮かんでいたはずの頭の中の世界が
消えてしまった。
この目の前の、真っ白な空のように。
が、しかし、書くことをしなくても
作家になる前の自分に戻ることはなく
おれの世界は、色も音も温度も消えて
真っ白なまま。
きっと、書くことと一緒に
心を動かすことも、やめたんだ。
子どもの頃、世界を見渡したら
不思議なこと、おもしろいことが
たくさん見つかって
それらを絵にするように
世界を解き明かすように物語を書くのが
楽しかった。
色彩豊かで、不思議なことが起こる世界を
また観たい、それを物語として、書きたい。
おれは、自分の中に生まれる
心躍る美しい世界を、取り戻したかった。
このままは、やっぱり、嫌だ。
今の状態を変えるための突破口を見つけ
友人の何気ない一言から
おれは、ニューヨーク行きを決めた。
衝動的に決めたことだが
必然だったように思う。
なぜなら
ニューヨーク行きのチケットを取った時から
おれの中に、懐かしい感覚が
蘇っていたから。
この旅で、おれは
おれの観たい世界に出逢えるかもしれない。
そうしたら、きっと、また、書ける。
書きたい自分に、還れる。
結局、ガイドブックは買わなかった。
何も決めずに、考えずに、旅をしてみよう。
心が動くままに、行動するんだ。
空港内のカフェで、コーヒーを飲みながら
これから起こることを想像してみたら
展開が読めないことに、わくわくした。
冒険小説を読むみたいに。
久しぶりに
書きたいという気持ちが湧いて来たので
その場で、ノートとペンを買い
思いつくことを、とりとめなく書いてみた。
書くことが、ちゃんと、楽しくて
うっかり泣きそうになる。
現実的な状況は
何も変わっていないけど
「書けない」が「書きたい」に
「書くのが嫌だ」が「書くのが楽しい」に変わった。
これだけでも、嬉し過ぎる変化だ。
飛行機に乗り込み、機内食を食べた後は
ぐっすりと眠ることが出来た。
この旅は、どんな物語になるのだろうか。
いや、予想するのは、やめよう。
物語は、展開が分からないから
おもしろい。
止まっていた心は動きを
真っ白の世界は色を、取り戻し始めていた。
その小さな変化に胸が熱くなり
今が、大きな奇跡に繋がっていることを
心が、報せてくれている気がした。
***
ニューヨークに到着し
先ずは、ホテルに向かった。
チェックインを済ませ、地図を広げて
さて、どこに行こうか、と考える。
地図の大部分を占める
「セントラルパーク」が気になるな。
っていうか、めちゃくちゃでかいな。
あいつが言ってた、ホットチョコレート?
甘いものは、そんなに好きじゃないけど
名物なら、体験しておくのもいいな。
お土産に買って来てと言われたけど
さすがに、飲みものはムリだろ。
せっかく、遠くまで旅に出て
脳内会話に時間を費やすのはもったいない。
歩いて、見て、感じて
初めての物語を体験するんだ。
外は、かなり雪が積もっていて
まったく散歩日和ではないが
セントラルパークに行ってみる。
日本から着て来たコートでは
雪の寒さに負けそうだったので
ホテルの売店で見つけた
真っ青なダウンコートを買った。
ニューヨークの冬が
こんなに寒いとは知らなかった。
ニューヨークに雪が
こんなに積もるとは知らなかった。
初めての体験と、次々と獲得する情報に
好奇心が騒いだ。
動き始めた心が
おれの人生と物語を動かしている。
気持ち的には、浮足立っているが
雪で凍る道は滑るので
転ばないように、慎重に歩いた。
地下鉄に乗り、セントラルパークを目指す。
公園に辿り着き
どこに何があるのかは知らないが
とりあえず、歩いてみることにした。
雪を被って、白とグレーの装いの公園は
色の無い世界であるのに
とても美しかった。
周囲を観察しながら歩いていると
白とグレーの世界の中に
異質な赤を見つけた。
真っ赤なコートを着た女の子が
雪景色に、はしゃいでいる。
写真を撮ることに夢中のようだ。
同じく異質であろう青を纏ったおれは
親近感を覚え
なんとなく、日本人な気もしたので
近づいてみた。
いつもなら
見知らぬ人に声を掛けることはしないが
旅は、人を大胆にするらしい。
おれは、彼女に近づき、声を掛けた。
「あの」
赤いコートを着た彼女は
おれの声に驚いて振り返り
急に、おとなしくなった。
雪に、はしゃいでいる様子を
見られたのが恥ずかしかったのかな。
はしゃぐ気持ちを隠したいのかな。
心の動きそのままの
体の動きなのに。
そう思うと可笑しくて
笑ってしまい
ますます、彼女を驚かせてしまった。
けど、すぐ、ニッコリ笑って
「こんにちは」と返してくれた。
恥ずかしそうに笑う
目の前の人は、女の子なのに
鏡を見ているような気分になった。
彼女の中に
おれを見たのかもしれない。
真っ白の美しい雪景色よりも
彼女の笑顔の方が
おれの心を大きく動かした。
***
「あの」と、背後から声が聴こえて
振り返ると、真っ青なコートを着た
日本人の男の子が立っていた。
雪景色に、はしゃいでいるのが
ヘンだった!?
今さら隠すのは、ムリだと分かっていたけど
慌てて、おとなしくしたら
笑われてしまった。
その笑顔が、とても綺麗で
思わず見惚れた。
久しぶりに見る、日本の美男子に
ドキドキ、戸惑ったけれど
何か話さねばと思い
「こんにちは」と返した。
目の前の人は、男の子なのに
鏡を見ているような気分になった。
彼の中に
わたしを見たのかもしれない。
真っ白の雪景色の中で
わたしの赤と、彼の青、それ以外にも
たくさんの色彩が
心のときめきと一緒に
一瞬にして広がったような気がした。
***
「やっぱり日本人だった」
「そんなに分かりやすかったですか?」
「いや、なんとなく、だけど」
「・・・旅行ですか?」
「うん。さっき、着いたばかりなんだよね。
君は、ニューヨークに住んでるの?」
「はい。今年の春に来て、初めての冬で
初めての雪で、楽しくて、はしゃいでました」
「おれも、久しぶりに、はしゃいでるわ。
いつもなら、こんな風に
話しかけたりとかしないんだけど」
初めて逢うのに
なんだか懐かしい感じがして嬉しかったけど
雪の降る中での立ち話は、さすがに寒くて
「これからカフェに
ホットチョコレート飲みに行こうと
思ってるんですけど、一緒に行きますか?」
と、わたしも、柄にもなく
お誘いしてみた。
すると、彼は一瞬、驚いてから
「ぜひ!」と、瞳を輝かせて微笑んだ。
***
「おれ、アキって言います、よろしく」
「メミです、よろしくお願いします」
簡単過ぎる自己紹介を済ませて
わたしたちは、着席し
メニューを覗き込んだ。
わたしのお目当ては
ホットチョコレートだけど
チョコレートが売りのカフェだから
チョコレートを使った
色んなスイーツやドリンクのメニューが
ズラッと並んでいる。
「ねえ、ホットチョコレートって
ココアとは、違うの?」
「お店によって、レシピが違うみたいで
ホットココアと変わらないものもあれば
パンを浸して食べるトロっとしたディップ
みたいなものもありますね。
マシュマロが乗ってることが多いです」
「なるほど。・・・これ
スパイスホットチョコレート、って?
辛いの??」
大きな瞳を、キラキラ輝かせて尋ねてくる。
彼から、好奇心と無邪気さが溢れ出していて
一緒にいると
ここであって、ここでないような
何か、素敵な奇跡が起こる
絵本の中にいるみたいだ。
「スパイスの種類については
詳しく分からないですけど
チョコレートの甘さは控えめで
数種類のスパイスの香りが感じられて
美味しいですよ」
「さすが、ニューヨーカー、詳しいね」
そう言って、威力抜群の
美しい笑顔を向けてきた。
彼の笑顔の直撃を受けて
今の自分は、チョコも溶かせるのでは
なんて思うくらい、熱くなった。
ときめきと熱に耐えながら
メニューをじっくり読み込み
わたしは、ワッフルとホットチョコレートを
彼は、チョコレートケーキと
スパイスホットチョコレートを注文した。
「「うわ!すご!」」
わたしの注文したものが
テーブルに置かれて
二人、同時に、思わず声をこぼした。
お皿の中心に、2枚のワッフル。
その1枚の上には、バニラアイスが
もう1枚の上には、チョコレートアイスが乗り
チョコレートパフが振りかけられ
チョコレートソースがたっぷり入った
ピッチャーが添えられていた。
すでに、充分にチョコレートなのに
さらに、チョコレートソースをこんなに?
「チョコレートが過ぎるね」
彼は、腕を組み
呆れるというより、感心して
身を乗り出して、眺めている。
「そうですね。本気出してますね」
「確かに。これは、本気だな」
これでもか!という
チョコレートアピールをしている
スイーツに遭遇し
二人とも、語彙力を失っていた。
彼の注文したチョコレートケーキも来て
テーブルの上が
チョコレート祭り状態になったところで
「メミちゃんは、なんでニューヨークに?」
と、聞かれた。
自分の、今日に至るまでの話をして
彼の、今日に至るまでの話を聴いた。
自分を見ているようだった。
きっと、彼もそう思っただろうと分かった。
心の動きと、人生の動き。
わたしたちは、好きなことのために
今を変えたくて、そして
あの、真っ白の雪景色の中で出逢ったんだ。
「書くことが、好きなんですね」
「最初は、好きで夢中で書いてたんだけど
ちょっとしたことで書けなくなって
才能ない、とか、求められてない、とか
考え続けてたら、嫌になって
書かなくなった」
「好きだから悩むんですよ、きっと。
最初は、自分だけの世界の中で
好きなことを、夢中で楽しんでるのに
その、自分だけの楽しい世界の中に
たくさんの他人を入れてしまって
あれこれ言われて、どう見られるか気になって
楽しめなくなって。
本当に好きで、大切だから
アマノジャク的に嫌になったり
でも、好きなことを手放したら
自分らしさが消えてしまいそうで
完全には、離れられなかったり」
わたしは、踊ることが好きで
彼は、書くことが好きで
でも、周囲の評価や反応を気にして
それを優先してしまって
楽しむことが目的の、好きなことが
楽しめなくなって、嫌になった。
たぶん、そんな感じだ。
「・・・なんか、自分と話してるみたい」
「わたしも、アキさんが、自分なんじゃないか
って、ちょっと思いましたよ」
「あと、めちゃくちゃ美味そうに食べるね」
「!!」
急に所作について指摘されて驚いて
しかも、恥ずかしくて
思わず、両手で顔を覆った。
「いいじゃん。チョコレートも本望だと思うよ」
チョコレート視点。
「美味しいから、それを表現してるんですよ。
心の動きを表現するのがダンサーですから」
「そっか、ダンサーだからか」
彼は、すごく楽しそうに、笑っている。
本当に、素敵な笑顔・・・そう思っていると
「うん、いいね、スパイス入りの
ホットチョコレート。
おれ、普段、甘いもの食べないんだけど
これは、いける」
「え?!?!甘いもの好きじゃないんですか?!
それなのに、チョコレートのカフェに?!」
衝撃の事実を聞かされた。
「や、まぁ、そうなんだけど。
友達がさ、テレビで、ニューヨークの
ホットチョコレートを見たらしくて
お土産に買ってきて、って言われたんだよね」
「・・・飲みものを、お土産に?」
「うん、言いたいことは、解るよ。
なんていうか、おれの友達、
自分の願いに対して素直過ぎるんだよ。
大人の事情とか、考えないね」
「素直なのは、いいことですね。
うん、まぁ、アキさんが持って帰るのに
困らないお土産を探しましょう」
はじめましてなのに
ずっと前からの友人のようで
それでいて、自分自身のようで
彼との時間は、心地よくて、不思議。
ふと、気になったことを聞いてみる。
「そういえば、アキさんて、何歳ですか?」
「ん? 25だけど」
「・・・・・・」
「え?どうしたの??」
彼は、カップを口に近づけたまま止まった。
「・・・わたし、27です」
「・・・え!?そう、なん、ですか・・・」
彼は、わたしより2歳下だった。
わたしに対して、最初から
タメ口だったアキくんは
めちゃくちゃ動揺している。
そうだよね、そうなるよね。
「なんか、ごめん、なさい」
言い直してる。
「いえいえ、お気になさらず」
「あの、せめて、おれに対して敬語
やめてください・・・」
彼が、気まずそう過ぎて
かわいそう過ぎる。
ちょっと、かわいいけど。
「・・・じゃ、敬語、やめるから
アキくんも変えなくていいよ!」
明るく言うと
彼は申し訳なさそうに、笑った。
***
通い始めて10ヶ月以上になる
タイムズスクエアそばのダンススクール。
今日は、いつもとちょっと景色が違う。
レッスンの様子を眺めるギャラリーの中に
アキくんがいる。
ダンスは、心の動きの表現手段。
アキくんにとっての書くことと同じだ。
わたしが大好きなシーラの話をすると
「レッスンを見てみたい」と言ったので
「それならレッスン一緒に受ける?」と誘ったけど
「それはいい」と秒で断られた。
そんなわけで、今
アキくんの視界の中で、踊っている。
ここに通い始めた頃は
心と体がうまく繋がっていなくて
チグハグで、そのせいで
ぜんぜん、思うように踊れなかった。
自信も無くして、ますます
踊りたくなくなりそうだった時に
シーラは、わたしのダンスを見て
満面の笑みで、大喜びして
「メミ、いいね!」と言った。
そのたった一言で
わたしは、目が覚めた。
自分のダンスに対して
評価を得られないと、ダメ
選ばれないと、ダメ
上手く踊れないと、ダメ
・・・責めて、叩き続けていたことに気づいた。
誰かに認められるために
選ばれるために
踊りたかったわけじゃないのに。
結果として、そうなったら
ものすごく、嬉しい。
けど、それは、わたしの
踊る理由じゃない。
踊りたい理由じゃない。
わたしは、わたしの心を表現するために
わたしは、わたしで在るために
わたしは、わたしを生きるために
わたしは、わたしのために、踊る。
シーラの一言が
わたしを、在るべき場所に
呼び戻してくれた。
言葉の力は、偉大で、魔法だ。
たった一言でも
人を救ったり、希望の光を見せたり
奇跡を起こすことだって、出来る。
だから、言葉を操る作家のアキくんは
言葉使い、魔法使いだ。
書いて欲しい、と思った。
彼の話す言葉は、時々、ぶっきらぼうで
時々、難しいけれど
やさしさ、純粋さを感じた。
彼の笑顔は、整って美しいだけじゃなく
瞳が澄んでいて
美しい世界が視えていることが分かる。
きっと、わたしには想像も出来ないような
わくわくする景色が見えていて
それを、物語に書くことで
自分以外の人にも、見せることが出来る。
言葉で、人に魔法をかけて
物語で、人に夢を見せることが出来る。
アキくんは、きっと、そんな人。
心が動いて、踊るのが、わたし。
心が動いて、書くのが、アキくん。
アキくんの心が動くようなダンスを踊るよ。
***
雪の降る日に、おれは
心の動きを隠せない女の子に出逢って
話して、一緒にホットチョコレートを飲んだ。
自分より年上だと分かった時は
めちゃくちゃ気まずかったけど
彼女の纏う空気が、心地良くて
彼女の心の動きを、もっと観察したくて
この数日間、ニューヨークの色んな場所を
案内してもらっている。
彼女のガイドは、感情、感動ベースで
とてもおもしろかった。
彼女が楽しい、好きだと感じるスポットを
一緒に観て周り、共感してみると
彼女の眼に映るニューヨークを
体感出来た。
人は、同じ時に、同じ場所で
同じものを見ていても
全く同じように感じることは
出来ないらしい。
どうあっても、感じ方が違うからだ。
同じことで感動したり
価値観が似通うことは、奇跡に等しいのだ。
よく笑い、よく驚き
そこで?というところで
ムッと腹を立てたり
急に、悲しそうな顔をしたり
とても美味しそうに食事をする
メミは、とても・・・魅力的だ。
見ていると、愛おしさが込み上げてくる。
彼女は、ダンサーだ。
彼女が踊りで表現する世界を見てみたい。
見せて欲しいと頼んだら
あっさりOKをくれたが
おれも参加しないか、と提案され
それについては、即、お断りした。
おれは、自慢出来るくらい
運動神経が悪いんだ、と説明した。
メミと過ごした数日間を思い出しながら
教室前の通路で、レッスンが始まるのを待った。
「ヘーーーイ!!メミィー!!」
満面の笑顔で女性が近づいてきた。
「シーラ!!」と、メミも応えて
二人は、ぎゅっとハグをした。
アメリカ人のコミュニケーション
・・・感情表現って、派手だよな、と
後で、メミに言ったら
日本人みたいに
人と触れ合うのがイヤで
超人見知りする人もいるよ、と笑っていた。
レッスンが始まると
メミの顔つきが、変わった。
研ぎ澄まされた、真剣な表情。
メミの先生は、レッスン前こそ
朗らかで、やさしそうな雰囲気だったが
レッスン中は、ピリッとした緊張感の中
ものすごい速さで振付けが進む。
かなりキビシイ先生だ。
同じ振付けを習っても
踊る人によって
まったく違うダンスに見えることは
興味深かった。
そして、メミの言う通り
ダンスは
心の動きが、可視化されたものだった。
メミのダンスは、とてもダイナミックで
周囲の空気を掻き回す。
それでいて、とても繊細で
手先、指先まで、やわらかく動く。
激しく燃え上がる炎のようであり
やさしく吹き抜ける春風のようだった。
彼女の踊る姿を夢中で、目で追った。
彼女の手足が動く先に
彼女の視線の先に
おれには視えていない何か
ーーーおれには捉えられていない世界が
あるように感じた。
彼女は、踊って世界を創り出し
その世界の中に入り込んで遊んでいる。
彼女にしか視えていない世界を
おれも見られたいいのに
と、思った。
レッスンが終わり
彼女と一緒に
ハンバーガーレストランに入った。
***
レッスンが終わり
アキくんと一緒に
ハンバーガーレストランに入った。
お腹はペコペコだけど
空腹よりも、自分のダンスが
どう見えたか、やっぱり気になった。
自分のために、踊る
そのことを、一番に大事にしたいけど
今日は・・・アキくんに
何かを感じて欲しくて、踊った。
恐る恐る、メニューから顔を上げて
向かいの席に座るアキくんの方を見やると
彼は、とても興奮した様子で
「すごかった!」と言った。
***
おれは、すごく感動して、興奮していた。
その気持ちに、相応しい
言葉を見つけるのに苦労した。
咄嗟に、稚拙に
「すごかった!」と言った。
「すごく、不思議な感覚になった」
「不思議な感覚??」
「うん、なんか、物語の中に入った感じ。
ファンタジーの世界、みたいな」
「ファンタジー??」
「そう。でも、有名なお伽話とかじゃなくて
メミのオリジナルのファンタジー?」
言葉は、たくさん知っているはずなのに
メミの踊る世界を表現する言葉を
なかなか、見つけられない。
***
アキくんの口から出てくる言葉を
ただ、聴いていた。
わたしのダンスが
ファンタジー??物語??
なんだか、すごく、ステキ!!
というか、そんなふうに感じる
アキくんの感性が、ステキだ。
わたしが踊ることで
わたしだけの空想の世界が現れている
ということ??
どんな世界で、どんな物語なんだろう。
アキくん、書いてくれないかな。
***
おれが見たのは
物語のあるミュージカルではなく
シンプルに音楽に合わせたダンス。
そこに、物語を感じる、って
おれが叙情的なのかな。
でも、少し、視えたんだよな。
「おれ、メミの世界を書いてみたいな」
ぼんやりそう思って、呟くと
パッと、メミの顔が花やいだ。
***
「書いてほしい!読みたい!」
アキくんに書いてほしいな、と思ったら
アキくん自ら「書いてみたい」と言ってくれた。
すごい、以心伝心??
踊っている時は
わたしだけの世界で、ひとりだ。
それでも、充分に楽しい、満たされる。
だけど、それを見たアキくんが
物語にして書いてくれたなら
わたしの世界が、そこから
わたしの想像を超えて大きく広がって
そこに、アキくんもいて、ふたりで
未知の美しい世界を
生み出せるような気がした。
ふたりだから、創り出せる、世界。
「おれ、メミが踊ってるのを見たら
書けるような気がするんだよね。
おれは、メミが楽しめるような物語を書くから
書いたら、それを読んで、また、踊って見せてよ」
アキくんの紡ぐ言葉が美しくて
聴き入った。
なんて、ステキなんだろう。
わたしの心が動いて、踊る
わたしのダンスを見て
心が動いたアキくんが、物語を書く
アキくんの物語を読んで
心が動いたわたしが、また、踊る・・・
わたしたちが、一緒に居たら
いつまでも、踊り続けて、書き続けて
生きていけるんじゃないか。
アキくんと出逢って
アキくんの言葉を聴いて
今日、ここまでの道のりが
必然、運命に思えて
報われたように感じて
嬉しくて、たまらなくなって
涙がこぼれた。
わたしたちは、それぞれの場所で
人生がうまくいかなくて
それをどうにか変えたくて
そんな心の叫びを聴いて
居た場所から飛び出したことは
「逃げた」んじゃなく「進んだ」のだと思った。
***
メミは、涙をこぼしながら
抱えていた思いを、話してくれた。
メミの話を聴いて
物語って、心の動きなんだな、と思った。
おれの、売れなかった小説は
状況説明ばかりだったと気づいた。
そりゃ、おもしろくないよな。
この旅は、現実であって
ファンタジーみたいだ。
予想外の、出逢い、体験。
こんなに心が動いて
人生の物語が動かないわけがない、という
確信も持っていた。
おれは、明日、東京に帰る。
最後に、おれの今の、心の動きを
ちゃんと、素直に表現して
”ニューヨークの章”を締めくくると決めた。
***
真っ白の雪の日に
偶然出逢ったアキくんが、東京に帰る。
わたしが帰るのは、2ヶ月後だ。
どうしよう、寂しい。
わたしは、アキくんが好きだという
自覚はあるけれど
アキくんの気持ちは、分からない。
わたしは、踊って
アキくんは、書く
そういう約束をしたから
これからも逢えるのだろうと思うけど・・・
地下鉄の駅で待ち合わせをして
二人で、空港に向かう。
もうすぐ、離れるのに
いろんな思いでいっぱいなのに
言葉が、出てこない。
踊ることは、出来そうだけど。
アキくんも、ずっと、黙って
窓の外を見ている。
空港に着いたら、お別れだ。
次、逢う約束は、出来るかな。
***
おれは、今、感じている気持ちを
行動で表現するとしたら?と考えたら
とても短絡的な、直線的なものになった。
でも、それでいいと思うくらい
おれは、自分の心の声を
素直に受けとめられるようになっていた。
メミは、驚くかな。
今日、ここまでの
おれの人生物語の展開も
先が読めたもんじゃなかった。
予測するだけムダだ。
予測して行動したら
物語の展開の幅を狭めて
想像を超えた奇跡にも
辿り着けないんじゃないか。
おれは、未知の世界に出逢えるから
物語が好きで、書くことが好きなんだ。
とはいえ、どうか
やさしい結末であってほしい
と、願う。
***
空港に到着し、搭乗手続きを済ませて
カフェでコーヒーを飲みながら
少し話をした。
どうしよう、当たり障りのない言葉しか
出てこない。
でも、でも、伝えたいことは
言葉にしなくちゃ。
(ここで踊るわけにはいかないし)
「あの、ねぇ、アキくん」
***
おれは、彼女に伝えたい言葉を
いつ伝えるべきか、迷い、焦っていた。
言葉は、用意していたのに
それを、差し出すだけでいいのに
それが、なかなか、出来ない。
コーヒーを飲んで
気持ちを落ち着けようとしていると
メミが体ごと、おれの方を向き
「アキくん」と、呼んだ。
***
「アキくん、書いたら、送ってね。
わたし、読みたいよ。
アキくんの小説も、実は、買ったの。
大事に、読むね」
「えっ、買ったの?っていうか、こっちに
売ってたんだ。さすが、ニューヨーク。
都会だなー」
「ええ?さすが都会、じゃなくて
さすがアキくん、だよ。
ハルナツ アキフユ先生?」
「うわっ、久しぶりに、その名前で呼ばれた。
っていうか、やめてくれる?
学生の時に、友達とふざけて
付けた名前なんだから」
「えーーー、おもしろいし
ステキだと思うけど」
じゃれ合うような会話をしていると
ふいに、時計を見たアキくんの表情が変わり
「メミ、聞いて欲しい」と
向き直ったと思ったら
すっと、その場で跪いて
わたしの手を取った。
***
メミに、自分の書いた小説を買ったと言われて
せっかく落ち着きかけていた心がざわついた。
ペンネームまで、呼ばれて。
いつまでも、こうして、話していたいけど
ふと時計を見ると、搭乗の時刻が迫っていた。
躊躇ってる場合じゃない。
おれは、意を決し、向き直り
「メミ」と呼び掛けて、
跪き、手を取った。
ここまで来たら
無かったことには出来ない
しないけど。
メミは、驚いているが
何も言わず
おれの言葉を待ってくれている。
おれは、少し俯いて
ふう、と息を吐いて、再び顔を上げた。
「おれ、メミのことが好きだよ。
もっと、ずっと、一緒に居たい。
一番近くで、メミが踊ってるのを見たい。
これからは、メミと一緒に生きて
物語を書きたい。
だから、おれは、メミと結婚したい」
***
「おれは、メミと結婚したい」
頭の中が、真っ白になった。
アキくんと出逢った時に見ていた
雪景色みたいに。
一瞬の現実逃避から帰って来て
じっと、アキくんの目を見つめた。
アキくんは、思いを、心を
言葉にして伝えてくれた。
わたしも、言いたい。
「アキくん、わたしもね、アキくんが好き。
もうね、すごく!すごく好き!
大好き!!
アキくんと、これからも一緒に居たい!!
結婚したい!!」
わたしの方が、だいぶ情熱的になった。
すると、それを聴いたアキくんは
ふっと、吹き出して、笑った。
***
おれが、プロポーズをしたよな??
そのはずなのに
メミが言ったセリフの方が
だいぶ情熱的で
おれの一世一代のプロポーズは
見事に上書きされた。
その状況が可笑し過ぎて笑ったが
さすがメミだな、と思った。
無事に、相思相愛が確認できたところで
おれは、用意していた指輪を
ポケットから出したら
メミは、さっきの何倍も驚いて
おれを凝視した。
「これ、受け取って。
で、なるべく、付けといてね。
おれ、メミのこと
誰にも獲られたくないし
メミには、おれがいるってこと
アピールしたいから」
そう言って、彼女の指に指輪をはめた。
心の動きを取り戻した、おれは
めちゃくちゃ素直に
かなり大胆に、なったようだ。
「え! アキくん、ずるい!
わたしだって
アキくんのこと、誰にも獲られたくないし
アキくんには、わたしがいるってこと
アピールしたい!!」
また、上書きされた。
「あーーー、うん、大丈夫・・・。
実は、これ、ペアリング、なんだ。
その・・・、お揃いで付けたかったし
ペアで付けてたら、離れてても
メミのこと思い出せていいな、と思って。
・・・だから、おれも、これ、付けていい?」
ペアリングであることを告白するのは
お揃いで付けたいと伝えることは
めちゃくちゃ恥ずかしかった、が
プライドで、寂しさは、埋められない。
ここでも、素直になるしかない、と思った。
メミと離れて、感じるであろう寂しさや
愛おしく思う気持ちを
形の無い言葉や思い出だけで
慰めるのは、難しいだろうと思った。
形の有る約束、思い出が欲しかった。
「ペアリングなの?!
やったぁ!!嬉しい!!」
メミは、そう言って、はしゃぎながら
おれに飛びついてきた。
彼女の、ぬくもりと
桜の花のような、やさしくて甘い香りに包まれて
心の動くままに、素直に生きれば
きっと、たくさんのしあわせを
見つけられるんだと思った。
***
空港のカフェで、わたしたちは
結婚の約束をした。
そばに居た人たちには
わたしたちの日本語の会話は
解らなかっただろうけど
その仕草と様子から把握し
祝福の言葉を掛けてくれた。
アキくんの搭乗時刻になり
カフェから出ようとしたら
店員さんが、お菓子をプレゼントしてくれた。
自分で決めて、選んだ道は
自分一人で超えて行かなければ、と
頑なに思っていたけれど
辛くて、苦しくて
心が折れそうになっていた。
好きなのに、夢なのに
もうムリだ、進めない、と思っていた。
そんな時
あなたと出逢って、心が動いて好きになって
一緒に行こう、と、手を取ったら
何度、心が折れたとしても、超えて
どこまでも進んで行けるような気がした。
真っ白の景色の中で、あなたを見つけて
真っ白だった景色は
色づいて、輝いて、世界で一番
美しい景色になった。
わたしの物語に
現れてくれて、ありがとう。
夢の目的地を決めて
一人で、歩き出した、その道のりで
転んで、躓いて、進めなくなっても
こんな風に誰かと出逢えて
また前を向いて一緒に
進むことが出来るんだね。
これから、わたしとあなた
二人にしか描けない物語を一緒に
創っていこうね。
あなたと出逢って、さらに大きく
輝きを増した、夢の世界に向かって。
どう進めばいいのかは
心の動きが、導いてくれる。
だから、どんな感情も
大切に抱えて生きていこう。
この世界を色鮮やかにする
わたしとあなたの心躍る物語。
・・・*** おわり ***・・・
【物語・絵】 或日野絵空(あるひのえそら)
※朗読しています※
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