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やさしくつなぐ手と手-天然コケッコー-

中学3年生のとき、私には好きな男の子がいた。
今考えても、ドキドキするほど、すごくすごく素敵な男の子だった。

彼が地元の公立高校を志望していると聞いて、私もそこに行きたいと思った。
だから私の志望校は、誰に何と言われても、その公立高校だった。

学校や塾での成績がよかったので、周囲の大人は残念がった。
もっと上を狙えるのに。

親や先生に理由を尋ねられても、私は絶対に本当のことを言わなかった。
「私立に行く意味が分からないから」と言って、断固として、公立志望を曲げなかった。

12月くらいまでその調子だった。

ところが、年末の三者面談ぎりぎりで、私は好きな男の子が明石にある高等専門学校を志望しているという話を耳にした。
それは理系の学校で、どう考えても文系の私が進学することはできない。
けれど、例の私立高校なら明石方面へ同じ電車で通うことができる。

私は、すかさず志望を変えた。



あまりにもあっさりと、また突然だったので、大人たちはまたしても驚いた。
どんなに理由を尋ねられても、私は絶対に本当のことを言わなかった。

結局、その男の子は、明石の学校を受験せず、地元のまた別の公立高校へ進学した。
通学電車は路線が違っていて、日常的に顔を合わせる機会はなくなった。

それが、私の運命の分かれ道。

私は現役時代の大学受験に失敗し、1年間、大阪の大学に通いながら仮面浪人をしていた。
第一志望は東京の大学だった。

大阪の大学に通っているうちに、好きな人ができて、その人と付き合った。
とんでもないことに私はその人に二股をかけられていて、その状況に甘んじる日々だった。

そして、再受験の結果、私は第一志望だった東京の大学に合格した。
合格が判った日、私はその恋人に「どうしよう」と言った。
本気で、東京に行くか、大阪に残るかを迷っていた。

「二股かけられてるまま遠距離恋愛なんかできへんから」と言った真意は、大阪に残りたいという意味だった。
彼は「東京に行ったらええ。俺は、(もうひとりの恋人と)別れるから」と言った。
それで、私は東京に行くことにした。

それが、私の運命の分かれ道。

人生の大事すぎる場面で、私は刹那の感情を最優先してきた。
たぶんもう一回人生をやり直しても、おんなじことをしちゃうだろうと思う。

「天然コケッコー」という映画を観た。

住人全員の顔が全部分かるくらいの、小さな農村の話だ。
小学校と中学校は一緒で、あわせて6人しか生徒がいなくて、そこに7人目の生徒が転校してくる。

主人公の少女は、一番年上で皆のお姉ちゃんであり、これまで同級生がいなかった。
7人目の生徒は、彼女と同い年の男の子だった。

はじめての同級生ができた。

二人は淡い感じで、けれど自然と、特に大きな障害もなく、惹かれあっていく。
中学生のそれだから、ほんの小さくてささやかな恋心。

海岸線を走る電車。
陽だまりにもたれる二人。

ぎこちなくてそっとしたキス。
やさしくつなぐ手と手。

好きだとか言葉にしないけど。

二人は、中学を卒業して隣町の高校に進学する。
最初は東京の高校に行きたいと言っていた少年は、彼女と一緒にいるために、地元の高校を選ぶ。
坊主頭にも我慢して。

子どもは浅はかだ。
深い考えなんてない。

でも、選択なんていうものは、きっとそんなものだ。

好きな人と一緒にいたい。つながっていたい。

それ以上、どんな理由が必要だろう。


天然コケッコー(2007年・日)
監督:山下敦弘
出演:夏帆、岡田将生、柳英里沙 他

■2008/7/10投稿の記事
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田中優子
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