マンジャーレ!-シェフとギャルソン、リストランテの夜-
午前中の散歩から帰って、キーボードを叩いた。
もう少し経ったらランチに行こう。
今日は街には出ないと決めたから、ホテルの中で済ますつもり・・・
とロビーにて、ランチは予約のみとの表示が目に入る。
なんということだろう、しかたがない。
確か少し歩けば、幾つかレストランがあったはずだ。
本とデジカメと財布を持って、再度、外に出た。
あいかわらず眩しい光。
今度は坂道をしばし下る。
オレンジの車体の路線バスとすれ違う。
道いっぱいを走るので、ぎりぎりまで身をよける。
右側に看板。PIZZERIAの文字。
広い駐車場はがら空きで、いくら田舎の店とは言え若干不安になる。
入口の前に立ち、中の様子をうかがおうともたもたしていると、中からお爺さんが「Prego」と言って扉を開ける。
「マンジャーレ」という言葉が混じった疑問文を投げかけられる。
たぶん、「ご飯食べたいのか?」と聞いているのだと思う。
昔、ハウスのパスタソースのCMで「マンジャーレ!」と言っていたところから、食事がらみの意味だと予想する。
「Si」と答えると、お爺さんは残念だがランチはないよ、と言っている、ような気がする。
確かに店内はがらんとして、奥のほうにもう一人お爺さんが座っているだけだった。
ダメもとで「英語で言ってよ。ランチだめなの?」と訊いてみると、お爺さんは「マンジャーレ、ノー」と言って肩をすくめた。
そうですか、グラッツェ。
店の扉には一枚の紙が貼られており、なんとなく「この店のピザはナントカ大会で入賞した」と書いてある、ような気がした。
イタリア語は分からない。
でも、そのへんはわりと勘がいいので、たぶん文の意味としては間違っていないと思う。
どんなレベルの大会かは置いといて。
さらに坂を下ってみることにした。
二又に分かれた場所で案内板を見ると、左の方向にリストランテの名が書いてある。
なるほどよかろうと指示の通りに歩いていく。
これまた狭い道で、行き交う車を避けながら進む。
500m近く歩くと、小さく古ぼけた教会と広場に出る。
案内板にあったリストランテではないが、PIZZERIAがあった。
黄色い大きな看板が店の前に置いてあるところを見ると、商売に積極性ありと見えて、少し期待して足を止める。
けれど、入口の扉は閉まっていて、営業しているようには見えない。
またしても、店先に腰掛けていたお爺さんに訊く。
「マンジャーレ?」
この店、開いてますかね?とドアノブを引くジェスチャー付き。
お爺さん、わざわざ立ち上がり、「クアトロ」と指を4本立てる。
なるほど。4時からなのですね。
ガイドブックに書いてあった通りだ。
PIZZERIAというのは普通、夜しかやらないらしい。
時刻は1時半を過ぎていた。
よしもう一軒。坂道を上る方にあったトラットリアに行ってみよう。
ホテルまでの道を引き返す。
初めての道というのは、行きよりも帰りの方が短い気がする。
行って帰れば、もう知っている道、ということだ。
ホテルの前を過ぎて、Villa Aquinoという名の店の門をくぐる。
こちらは店の前に車が何台も止まっていて、そればかりか入口の前に大きな男たちが円陣を組むようにたむろっている。
大きな男たち、というのは大げさな表現ではない。
イタリア人というのはさして大柄ではないと感じるが、そこにいた男たちというのは、アングロ=サクソン並の大男ばかりで、背丈だけでなく腹の出具合ももちろんのことだった。
職業は消防士、と勝手に決めつけてみる。
彼らはこれからこの店で職場の忘年会をやるのだ。そうに違いない。
イタリアに忘年会という習慣があるかどうかは知らないが。
店の扉を開けると、実際、これから賑やかな会食が開かれるらしく、長いテーブルに20人分以上の皿とカトラリーが用意されていた。
一瞬、貸切かな、と思って躊躇したが、店自体は無駄なほど広く、20人の宴会が開かれたとしても余りある席があった。
それでも彼らの他に一組の客もいなかったので、どうしたものかと思っていると、奥から胴回り130cmはあろうかという巨体の主人が出てきて、「Solo?」と訊く。
ソロだから「一人?」と訊いているのだろう、「Si」とうなづく。
「いいからお入り!」というジェスチャーで迎えてくれたので、店の端っこのテーブルに座ってみる。
隣で宴会が始まろうとしているが、こちらはお構いなくマイペースにゆく。
ここの主人は20人の男たちと知り合いと見えて親しげに抱き合って何やら喜んでいる。
クリスマスには一日早いが、1年の仕事の労いに違いない。
「今年はAquino村の火事は3件しかなくて良かった、良かった」という感じ?
カメリエーレがやってきてメニューをもらい、何にしようかパラパラめくる。
ガイドブックには、primoとsecondoの2皿頼めと書いてあるのだが、イタリア人は本当にそんなに毎回毎回フルコースを食べているのだろうか?
わりとスリムな人が多いことを思えば、絶対そんなわけはないと思う。
そういうわけで、カジュアルな店なので、特に気にせずパスタだけ注文する。
これだけでも結構ちゃんとした量があるのだ。
スパゲティペスカト-レ。ご存知の通り、魚介のパスタ。
南イタリアに来たらこれでしょう、と楽しみにしていた。
でも、実際、こんな店で大丈夫かなあ?と不安もあった。
相当の田舎だし、店に流れる音楽はユーロビートだし、レストランというより食堂といった内装だし。
シチリアに来てから、「シチリア料理」と名のつくものを食べ続けていたのだが、これが元々そういう味なのか、それともその店の味付けなのかは定かでないものの、独特の風味に少々面食らっていた。
イワシのパン粉焼きらしきものを「美味しそう!」と頬張ると、アジのフライのような味を期待したのに、予想外に甘くて驚いた。
そのイワシは干しぶどうや木の実をくるっとまきつけるようなかたちで揚げられているのだ。
後で本で見たところ、Sarde a Beccaficoというシチリア名物の一つらしい。
これまた名物Pesce Spada a involtino alla braceも、レアの焼き加減自体は悪くないものの、炭っぽい苦味とレモンの酸っぱさばかり強くて、魚の味わいは今ひとつだった。
ミラノで会ったGONさんが、シチリアの魚が楽しみと言う私に「食べれば分かるよ」と投げた言葉の意味を思い知る。
さすがにもう、魚介はあきらめた方がいいのか?と思いながら、懲りもせず注文したペスカトーレだった。
期待はしまい。
運ばれてきた皿には、山盛りのパスタ。
ほら、だから言ったでしょう、一皿で十分なんだって。
でも味は予想を見事に裏切って、美味。
日本で食べたことのあるどんなペスカトーレよりも美味しい。
トマトソースと言っても、むしろスカンピの味が強く、ソースばかりでなく身も歯ごたえを残す大きさでたっぷり入っている。
磯の香り、ほどよいハーブ。
あっという間に平らげた。
ああ、おいしい。ああ、幸せ。
これでたった5ユーロ弱(約700円)だなんて、はるばる南イタリアまで来て良かった。
隣の宴会の様子を眺めてみると、次々と大皿の料理が運ばれてきている。
どんな料理だろうと帰りがけに覗いてみたら、蒸したムール貝にシーザーサラダ。
ああ、美味しそう!
ムール貝はとり憑かれたように食べちゃうのよねえ。
日本だと高いけど、こちらだとバケツいっぱい食べても数百円。
パリで食べた、生のムール貝はカキよりも美味しいくらいだった。
やはりイタリアンは、大勢で様々な料理を取り分けて食べるのが楽しい。
私のような一人旅ではそうはいかないけれど。
賑やかなイタリア料理と言えば、映画「シェフとギャルソン、リストランテの夜」。
アメリカの地方都市、イタリア人兄弟が切り盛りするリストランテ。
兄がシェフで、弟がギャルソン。
本格的なイタリア料理が売りの店だけれど、アメリカ人には今ひとつ受けずに店は実力にも関わらずなかなか流行らない。
商売人の弟は、有名なミュージシャンを彼らの店に招き、話題を呼ぼうと計画する。
有名人を迎えるため、半ば野次馬で集まった人々。
なかなかお待ちかねの本人が現れないので、やがて彼らは食べることに熱中し始める。
兄が作る数々のイタリア料理。
次から次へとテーブルに運ばれ、トマトの赤、オリーブの緑、にんにくの白が鮮やかに、湯気は立ち上り、食欲を刺激する。
観ているだけで声を上げてしまいそうなほど、美味しそう。
空腹を満たすためだけなら、なんだっていい。
凝った味付けも調理法も必要ない。
栄養のバランスが大事だとしても、それだけなら世の中に不要な食べ物はたくさんあるだろう。
ドルチェなどは最たるもの。
様々な工夫で美味しいものを追求するのは、人の営みの中でもきわめて高等なことだと思う。
そしてそれを分かち合う、食事の楽しみ方もまた、原点であり、かつ高等な所作だと思う。
シェフとギャルソン、リストランテの夜 Big Night(1996年・米)
監督:スタンリー・トゥッチ、キャンベル・スコット
出演:スタンリー・トゥッチ、ミニ・ドライヴァー他
■2004/12/27投稿の記事
昔のブログの記事を少しずつお引越ししていきます。