ほのぼの生きる 087_20230409
校歌をおぼえる
昨日「過去を語りたくない」と書いた。
言ったそばから、昔の話を書きたくなる。
この嘘つきめっ
新学期が始まると、私は必ず思い出す。
高校1年の春の「応援練習」を
私が通った高校は、文武両道を目指す進学校で、部活動も強かった。
1年生と3年生の時、野球部が県の大会で優勝し、甲子園にも連れて行ってもらった。我が県はとても小さな県で、全国大会の初戦でいつも大敗してしまうのが残念ではあるが、それでも県大会は熱く、猛暑の中、制服を着てみんなで応援に行ったのが、私のひと夏の楽しい思い出だ。
(ちなみに2年生の時は、ラグビー部が花園に連れて行ってくれたし、卒業後1年下のサッカー部は国立でプレーをしたようだ。)
そんな部活動が盛んだったわが校は、応援団も熱かった。
入学後まもなく3日間の「応援練習」なるものが催された。主催は応援団。吹奏楽部に入部した人はブラスバンドで参加。それ以外の生徒はよほどの事情がない限り欠席は許されない。全員強制参加。
これはわが校の伝統行事でもあった。(時代的に今はもうないかもな。不明)
私は友だちからの情報を頼りに、とりあえずついていく形で、応援練習に臨んだ。
入学時に配られた学生証の1ページ目に「校歌」が載っている。続いて「凱歌」この2曲を覚えて歌わなければならない。
あまり正確な記憶は残っていないのだが、1日目はとにかく覚えるために何回も何回も歌わされる。メロディーを覚えるのが先だ。
応援団はめっちゃ怖かった。
1日目の練習の最後、宿題が出された。
明日からは学生証の歌詞を見てはいけない。今日中に覚えてこい、と。
覚えてきたかどうか、1人、1人指名して前に出て歌わせるからな、と。
その日、私はとにかく校歌と凱歌を覚えるために家で何度も何度も歌って練習した。
2日目。これぞ応援練習が始まった。
「〇組〇番!前に出てこいっ!」
「はいっ!」
「校歌の3番歌え!!」
「。。。🎵。。。」
「声が小さい!!もっと大きな声で!」
「はいっ!〇〇〇🎵〇〇〇」
「まだまだ小さい!!腹に力を入れて歌えっ!!」
「はいっ!」
グランドで400人以上が後ろに控えている。
一度に指名されるのは、たったの5人やそこらだ。
応援団が5人しかいないのだから仕方がない(笑)
応援団は顔の真ん前で「歌えっ!」「声が小さい!」「もっと!」とものすごい剣幕で捲し立て、唾を吐きまくる。キスできちゃうよぐらいの至近距離。応援団は応援帽を斜め前にかぶり、鼻まで隠れているから顔がよくみえない。大きな声と唾が吐き出される口だけが強調される黒の軍団。
めっちゃ、ビビった。
男子だって怖がってたもん。
泣いちゃいかん。
だんだん腹がたってきた。
なんなんだーこの行事は。いじめかっ!脅迫か!
頼むから早く終わってくれーーー
最終日。
これまでに何人が指名されてきただろう。
1日に20人として全日程で指名されるのは割合にして7人に1人ぐらいか?
私は昔からくじ運がいい。
神社の福引もスーパーの抽選会も宴会のビンゴもだいたい当たる方だ。
最終日、漏れなく当たってしまった。
私は3日目にして、応援団長に恋をしていた。
あの応援団長にキスができるほどの至近距離に行けるのであれば、それはそれでラッキーかもな、と思っていた。
一方、どうしても所作が気になる応援団員もいた。やたら落ち着きがなく、ちょこまかちょこまかまるで応援団らしくない。2日目の応援練習後には友だちと「あいつカッコ悪いよなー」と悪口を言っていたぐらいだった。
そういう時には、やはりご縁があるものである。
見事、ヤツにあたってしまったのである。
「〇組!〇番!!」
まさしく私のことだ。
仕方なく歩み寄る。
ヤツ(失礼ながら先輩である)の緊張感がこちらまで伝わってくる。
お陰で私は一切緊張が解けてしまった。
可愛らしい1年の女子(私のことだ)を至近距離に置き、命いっぱいの声を張り上げる。
「校歌5番!!」
「・・・あの~、校歌には5番はありませんが・・・」
「・・・(赤面)・・・いいからうたえーーーーーーーーっ」
無茶苦茶な
こういう時、私はとたんに冷静になる癖が昔からある。
ここで彼に恥をかかせてはならない。
それが私のミッションだ。
幸い、両隣はそれぞれの練習の最中で大きな声で歌っているし、バックの440人の聴衆は自分が当たるのを怖がってそれどころではない。
ここは、彼と私だけの世界である。
私は何事もなかったかのように、一番簡単な校歌1番を見事歌いあげた。
「よしっ!」
何がよしっだ。
私は静かに自分の場所に戻った。
彼のことは「5番の男」として、しばらく私の中に残った。
こうして事なきを得た応援練習はその後の応援にとても役立ったのである。
10年に1回開催される学年の同窓会では、宴会のおわりに応援団が制服を着て、皆で校歌を歌うという行事が今でも続いている。