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【書評】クラフトビールとの類似点を読み取り、未来を考える 『ジャパニーズウイスキー入門』

ビールファンの皆様、今飲むべきはウイスキーですよ、と書いたのはもう9年近く前。あの頃バレルエイジのビールが出始めたところで、樽の風味がすれば新しい感じがして評価される風潮に強い違和感があって書きました。樽や元々入っていたお酒の風味があれば良いのではなく、樽の『良い』風味、元々入っていたお酒の『良い』風味がなければなりません。そして、それがベースのビールと調和してこそです。

IPAを入れて風味を移した樽を使用したウイスキーのことも書きましたが、ウイスキーとビールは麦という点で共通しているだけでなく、その違いを相互に取り入れようとして今様々な取組みが為されています。クラフトビールはクロスオーバーな存在であり、それを理解するためにもクラフトビールを愛する人はビール以外のお酒を積極的に試し、経験を増やすと共にセンスを磨いていくべきです。ワイン、シードルなども勿論良いですが、その筆頭として私はウイスキーを挙げたいと思います。

そんなこと言われても、いきなりウイスキーを飲もうと思ってもどこから手をつけたら良いか分からない……

そりゃそうですよね。初めてクラフトビールを飲もうと思った時の気持ちを思い出してみれば誰しも納得して頂けると思います。手当たり次第飲めば良いとも言えますが、指針になるものや導いてくれる人がいると進めやすい。(そんなことをそれほどガチらず、なるべくラクして 美味しいクラフトビールを飲みたいんですけど、なんとかなりませんかね?に書いたわけなので、気になる方はそちらもお目通しください。)足繁く通うバーがあるならそこのバーテンダーを頼るのも有効な方法ですし、ウイスキーに関する入門的な本を読むのも良いでしょう。実践が先でも、理論は先でもまずは構わないと思います。

飲む実践の方はバーテンダーにお任せするとして、理論、知識を担う本を読むとします。Amazonなどで調べればたくさんウイスキーの本は見つかりますし、図書館にもそれなりにあると思います。とりあえず何でも良いので2、3冊読んでみましょう。すると、今日本のウイスキーが世界から注目されていることを知るはずです。2001年にニッカのシングルカスク余市10年がベストオブベスト1位になったことを皮切りに日本のウイスキーの評価が高まり、2015年頃から蒸留所が一気に増えてきます。日本のウイスキーに興味が生まれたら、つい先日上梓されたばかりのジャパニーズウイスキー入門 現場から見た熱狂の舞台裏も読んでみてください。

この本は「ジャパニーズウイスキー入門」というタイトルですが、ウイスキー一般に関する記述も多く、ジャパニーズに限らずウイスキーとは何かを端的にまとめてある本として良いです。けれども、ウイスキーを知るための入門書として読むだけでは勿体ない。色々なものとの重ね合わせとして読むべきであり、特にジャパニーズウイスキーシーンと日本におけるクラフトビールシーンの類似性及びその差異を意識しながら読むべき一冊だと思います。ビールとウイスキーのシーンにおける相似形を読み取ることで浮かび上がる像があるはずです。その意味で飲み手だけでなく、クラフトビール関係者こそが手に取るべきだとも考えます。そして、シーンの行く末をそれぞれ考えて頂きたい。

一例として見出しを幾つか取り出してみましょう。

ウイスキーの低迷と蒸留所の閉鎖
ジャパニーズウイスキーブームの到来
ジャパニーズウイスキーの基準とバルクウイスキー

ジャパニーズウイスキー入門 現場から見た熱狂の舞台裏

ウイスキーをビールに、蒸留所を醸造所に、ジャパニーズウイスキーを国産クラフトビールに、バルクウイスキーを海外産原料に読み替えて本文に当たってみると思い当たることが幾つも浮かんできます。地ビールは2000年代前後に大きく低迷し、幾つもの醸造所が廃業しました。2010年代に地ビールはクラフトビールとその名を変えてブレイクし、今に続きます。その流れで日本らしいクラフトビールが議論されるようになり、海外原料ではなく国産原料の栽培・製造に注目が集まっています。また、本文ではいわゆる「倉吉事件」にも触れられているのですが、これはビールのあり方を考える Ronald Mengerink氏の言葉で示されるBeer Firmや真正性に関する論点、国産PUNK IPAにも繋がる議論かと思います。もちろんビールとウイスキーでは低迷・隆盛の時期やその背景が異なるので注意が必要ですが、その構造などにはやはり共通点が見られます。

読み進めるうちに、ビールとウイスキーという違いがあるものの、拙著「クラフトビールの今とこれからを真面目に考える本」との類似点というか、私の発想、認識と近いのではないかと思うに至ります。

では「クラフトウイスキー」は、従来の「地ウイスキー」を言い換えたものに過ぎないのでしょうか?私はその違いは「地ウイスキー」と「クラフトウイスキー」は明確に違うものだと考えています。その違いは理念の有無です。 (P112)

最近ではクラフトウイスキーを標榜しながら、地ウイスキーのような造り方をしているウイスキー蒸留所が増えてきていることも事実です。(P112)

ジャパニーズウイスキー入門 現場から見た熱狂の舞台裏

現在日本には100軒のウイスキー蒸留所があると言われますが、国産ウイスキーが低迷した理由を真今一度問い直し、クラフトウイスキーが進むべき方向について真剣に考えなくてはなりません。品質や理念を置き去りにして一時のブームに乗じてウイスキー作りをしても未来は無いのです。地ビールからクラフトビールへの流れを知る私としては深く同意すると共にビールのシーンにも同様の心配をするのでした。

たとえば、本書には書かれていないので著者である稲垣さんと是非話したいのですが、100軒の蒸留所が生まれたのは事実として、ホームブルー(自家醸造)が認められていない日本にフリーの蒸留家がそんなにいたのでしょうか。在野にいたとは思えませんし、サントリーやニッカから大量に転職したとも聞きません。これはクラフトビールも同様で、私個人としては非常に憂慮していることです。

さて、こうした歴史や現状の課題を受けて、これから日本はどうしたら良いのでしょうか。第2部は著者で三郎丸蒸留所のマスターブレンダー兼マネージャーの稲垣さんの具体的な取組みが紹介されていますので「クラフトビールならどうするだろう」と考えながら読んでみてください。その取組みの中に多くの発見があるはずです。

ところで、三郎丸蒸留所のモルトウイスキーはピートを効かせたスモーキーで力強い味わいが特徴です。初めての方は花火、病院の匂いを思い出すかもしれません。非常に個性的な味わいで、万人受けするマイルドなものとは異なります。しかし、よくよく考えてみると、ホップを効かせてそれまでよりも苦みの強いウエストコーストIPAに衝撃を受け、ホップのフレーバーを更に盛り込んだヘイジーIPAを楽しんでいる私たちクラフトビールファンは、その味わいではなく強い個性を評価する態度が身に付いていると思います。ですから、穏やかなウイスキーも試しつつ、こういうものにも是非挑戦してみて頂きたい。いきなりシングルモルトウイスキーをボトルで買うのは大変でしょうから、まずはハイボール缶から試してみて下さい。本を片手にゆっくりとグラスを傾けて、クラフトウイスキーとクラフトビールの未来について考えてもらえたらと思います。


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