千歳百名
ウォーキング中に出会った街角や風景
隅田川の橋とその周辺を歩いたときの備忘録
覚えておきたいこと、忘れられないこと、娘に伝えたいこと
気の向くままに、あれこれとスケッチ
もう10年以上も前になるが、東京下町をよく散歩していたころ、総武線平井駅の辺りを歩いたことがある。 当時の駅周辺には、ちょっと裏通りに入ると昔懐かしの風景がまだ残っていた。 再開発が進むと、昔懐かしの情景が見られなくなっていることが多々ある。 平井はどうだろうとストリートビューを調べてみたら、当時スケッチした裏通りがそのままの姿で残っていた。 ひと際目立っていた「大ちゃん」の看板もまだそのままであった。 「大ちゃん」は現在営業していないようだが、スケッチした風景がそのまま
横浜・川崎の京浜工業地帯を走るJR鶴見線は、本線と2つの支線合わせても全長10キロ弱しかないローカル線だ。2010年の夏、このローカル線に乗って「海に一番近い駅」と言われる海芝浦駅まで行ってみた。 電車が鶴見駅を出ると、ビルや住宅が密集しているエリアを通りぬけ、次第に工業地帯に入っていった。ルートは運河沿いとなり、車窓から大きな倉庫やタンクがいくつも見えた。 20分ぐらいで終点の海芝浦駅に到着した。 狭くて小さなホームに降りると潮の匂いがし、海がすぐそこにあった。 こ
コース:清澄~門前仲町~相生橋~佃~中央大橋~永代橋~隅田川大橋~門前仲町(2010年11月3日) 清澄庭園 本日は深川エリアを散策しながら隅田川下流の橋を渡るプランとした。 先ずは8月にすぐ近くを通りながら寄れなかった清澄庭園に行く。 半蔵門線の清澄白河駅から徒歩数分のところにある清澄庭園。 さほど大きい庭園ではないが、変わった形の岩々、飛び石をつたって歩ける「磯渡り」、凛とした姿の日本建築など、見るものが多彩でかなり楽しめる。 日向ぼっこをする亀、コサギ、金色の鯉な
コース:浅草橋~両国橋~両国~鳥越~御徒町 (2010年11月27日) 隅田川最下流の勝鬨橋(散策当時)から中流部の言問橋の間で、ぽつんと1つだけ渡っていない橋、両国橋があることに気がついた。ということで、今日はその両国橋を狙い撃ちでウォーキングすることにした。 浅草橋と柳橋 地下鉄の浅草橋駅から地上に出ると、JR総武線の高架橋が見えた。 ガード下は賑やかな商店街になっているようで、 行ってみるとビーズを販売しているところがかなり多く、 その殆どが鮮やかなターコイスブ
もう30年弱前になるが、家族で長野県の戸隠へ2泊3日の旅行をしたことがある。 その時の簡単な記録として「ぐるぐる絵日記」を描いたのだが、 娘が最近それをふと思い出したのか、見たいと言った。 引き出しの奥からひっぱり出し、当時の楽しい時間に思いを馳せた。 宿泊した「戸隠小舎」は何といっても食事が良かった。 「ぐるぐる絵日記」にも朝夕のメニューがしっかり記録されているから面白い。よっぽど印象的だったのだろう。 帰る日の朝は、庭のピクニックテーブルで豊かな緑に囲まれてのブレックフ
ある晴れた日、由比ガ浜の国道沿いを歩いていると、興味をそそられる風景が目に入った。 大きな鳥かごのようなものが吊るしてあり、その傍に、よく見るとコミカルな形をした球体がぶら下がっている。漁に使う浮きだろうか?そのカゴは干物をつくるためのものだろうか?カゴの後ろには錆びた箱状の物体があり、これも何のために使うのか良く分からない。その物体から長いポールが上方に伸びていて、ポールの先端に白いペナントが風に揺れていた。 何だか分からないが不思議な雰囲気があって、スケッチしてみたくな
家の近くに小川が流れていて、川沿いには緑道が整備されている。ベンチが所々にあり、水辺に降りるための階段も数か所ある。 先日その緑道を散歩したら、菜の花がたくさん咲いていた。 菜の花の上をモンシロチョウやアカタテハが飛んでいた。ひらひらと飛ぶモンシロチョウと、グライダーのようにすーっと飛ぶアカタテハのモーションが対照的で、蝶といえども色々あるんだなあって改めて感心した。 高い壁が続く区間では、壁にへばりつくようにヤマブキやハナズオウなどが花を咲かせていた。よく見ると、奥
ペリー来航で知られる浦賀湾は幅が300mに満たない細長い湾だ。その東西の湾岸に西叶神社と東叶神社があり、渡船で行き来ができる。2020年の晩冬、この2つの神社に興味を持ち浦賀を訪れた。 浦賀駅から湾に向かって大通りを行くと、旧浦賀ドックの巨大な建物やコンクリート塀がしばらく続く。昔どこかでもらってきた観光案内のパンフレットによると、浦賀ドックは平成15年に閉鎖されるまで100年以上にわたって艦船をつくり続けてきたようだ。 ドックエリアを過ぎるとしばらくして湾が見えてきた
作家になることを夢見る文学少女だった母は、女学生のころは家庭科が大の苦手だったと云う。レース編みの課題が出たときなどは、母の友達が提出して戻ってきたものをあたかも自分で制作したかのように提出した、という話を聞いたことがある。 そんな母が、2人の娘を持ってからは子供服づくりに励むようになっていた。 最初のころは仕上がりがヒドイものだったらしいが、やがて洋裁学校に通うようになり、多少はまともなものが出来上がるようになった。 そんなわけで私と妹は、小学3~4年生頃まではいつも母親
明治時代から続くという「大船仲通商店街」は活気があって楽しい。 初めてそこを歩いたとき、鮮魚店と併設された昭和レトロな食堂が目に留まった。「かんのん」と書かれた年季を感じさせる看板と、紫色の暖簾が特に印象的。その店の佇まいに惹かれてスケッチさせてもらった。 食事するには時間が中途半端だったので中には入らなかった。また大船に来たときには必ず寄ることにしようと密かに誓いながら、先を急いだ。 その2年後、用事があって大船に行った時に、スケッチした食堂での昼食を楽しみに「仲通り
亀戸天神社 (東京都江東区・2014年3月) 亀戸天神社には300本以上の梅が植えられているそうだが、本殿の階段左右にも2本の梅の木が立っている。満開時には紅梅と白梅の豪華な姿を楽しむことができる。 初春の昼下がり、散歩のついでに亀戸天神に立ち寄ったら紅梅と白梅がきれいに花開いていた。 本殿前の広場にちょうどベンチがあったので、そこに座ってゆっくりスケッチ。日が暮れて風が冷たくなってきたころ、ペン画だけなんとか完成することができた。 その翌年もまた、初春に亀戸天神を訪れ
阿佐ヶ谷住宅 (東京都杉並区・2011年7月) 阿佐ヶ谷住宅は1958年に日本住宅公団が整備した分譲住宅群で、2013年に建て替えのために解体された。解体に向け住民の退去が完了する前に、貴重な姿を見ておこうと訪れた。 阿佐ヶ谷の駅から中杉通りを通って、杉並税務署の方面に進むと「阿佐ヶ谷住宅」があった。 中層棟とテラスハウスが混在する敷地内は緑豊かで、小さな小道が住宅の間を縫うようにして通っていた。 所々に解体・建替えを告知する看板が立てられていて、殆どの住居が無人にな
勝島運河 (2012年8月・品川区) 猛暑日なので4時ごろからウォーキングを始め、日が暮れてきたころには、立会川駅付近の泪橋の前に立っていた。 まだ歩きたいがどうしようかとウロウロしていたら、浴衣姿の若い女性が5~6人、横道に入って行くのが見えた。 なんとなく引きずられるように後を着いて行ったら、運河らしき水辺に出た。 そこには釣り船や屋形船などが係留されていた。 運河の向こう側には高速道路が走っていて、夕闇の中、ビルの大きなネオンサインがひと際目立っている。 浴
金町浄水場の第3取水塔 (2011年6月・葛飾区) 柴又公園のゆるやかな丘を登りきると、視界いっぱいに江戸川の河川敷が現れ、おもわず「わあ」と声を上げそうになった。 目の前に鮮やかな緑の芝生が広がり、その先に江戸川が流れている。 コンクリートの堤防など人工的な構造物が殆どなく、水際の低木や柳が川面に映し出されている。 なんと魅力的な風景だろう。 川沿いには歩道がなく、草の間に見える微かな踏みあとを辿って歩いた。 所々にムラサキカタバミが咲いていて、モンシロチョウがひらひ
青砥橋から (2012年4月・葛飾区) 京成立石駅のレトロ商店街と裏路地をくまなく探索した後、中川と新中川の川沿いを経て青砥橋に出た。 歩行者用の階段を上って橋の上に出ると、遠くにスカイツリーが見えた。 人通りが少ないので、そのまま立ち止まってスケッチ。あまりゆったりと描いているわけにもいかず、ラフな絵になってしまったが、ま、いいか。 反対側の欄干からは中川と新中川の分岐点が臨めた。東京建設局のサイトによると、新中川はもともと「中川の水を旧江戸川に流すために開削された放
亀戸中央公園とふれあい橋(2015年3月・江東区) 3月半ばの亀戸中央公園は、背の低いサトザクラがちらほらと花開きはじめ、ソメイヨシノが蕾を見せていた。 公園の北側にある旧中川沿いのエリアに出ると、気持の良い水辺の景色が待っていた。川岸のベンチに座り、途中で買った稲荷ずしをほおばりながらゆったりとした時間を過ごす。 カモメが時おり水際の木の杭の上にチョコンと止まっては飛んでいった。公園と水の境がこの低い木の杭だけなので、川がとても身近に感じられて気持ちがいい。鏡のような