断想 『世に棲む日日』 & 広島平和公園スケッチ
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司馬遼太郎に『世に棲む日日』という作品がある。
幕末の動乱期を駆け抜けた吉田松陰と高杉晋作の生き様を中心に描いた青春群像小説である。
松陰が29年、高杉は僅か27年という短い生涯を疾走した二人の生き様は、文字通り泡沫の幻の如きこの世にひととき宿り、鮮やかに一瞬の光を放ったのちに花の舞い散るが如く消え去った、という表現が似つかわしい。
面白き こともなき世を面白く
住みなすものは 心なりけり
高杉晋作が、その短い生涯の後年に人生を振り返って詠んだと伝えられる歌である。
青春小説であっても、この句の本当の深みは年齢を経てこそ分かるものだ。
25歳でこの本に出会って胸をときめかせた自分も今や高齢期のただ中にある。
いつの世も、人生は夢幻のごとく儚く短い。
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寒い朝だったが、ウォーキング&スケッチがてら広島平和記念公園に出かけた。
平和と復興のシンボルとして緑化されたこの公園の地面の下には、かつて広島市有数の繁華街として栄えながら一瞬の閃光と熱風によって灰燼と化した旧・中島町の街並みと人々の暮らしが埋まっている。
元安橋を渡って平和公園に入ると最初に目に入るのが3年前にリニューアルされたばかりのレストハウスだ。
インフォーメーション、グッズショップ、カフェなどが設えられた快適に過ごせる場所に生まれ変わった。
それまでは被爆によって倒壊した『大正屋呉服店』の建物を改装し、無料休憩所として利用されていた古めかしい施設だった。
何も知らずに眺めれば何ということもない景色だが、古の時代の面影に想いを寄せながらスケッチのペンを走らせれば、そこにはまた異なる様相が立ち上がってくる。
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ペンスケッチを終えて、2階のカフェに座って珈琲を飲みながら着色。
この絵にある2階がそのカフェだが、珈琲の薫りが漂う瀟洒で落ち着いた部屋の片隅には、無数のガラス片を浴びた被爆ピアノが安置されていて、静謐な佇まいのうちに酷薄な歴史の事実を語っている。
フォーレの『レクイエム』を添えたい。
第1曲:入祭唱とキリエ