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バッタを倒しにアフリカへ【読書感想】

タイトルからしてユニークな本書は、一発逆転を狙ってアフリカ北西部にある国モーリタニアに旅立った“バッタ博士"の記録だ。

筆者の前野 ウルド 浩太郎氏は、大学院でポスドクとして昆虫を研究してきた。とは言え不安定なポスドクの世界、研究室に閉じこもって論文を書くだけならもっとできる人が何人もいる──そんな焦りと、なによりバッタへの愛で生の姿を研究したい思いから、助成金を得て2年間モーリタニアにてフィールドワークを決断する。

しかし、アフリカの地でのフィールドワークは悪戦苦闘の日々。本書は後ろ盾も何もない若手の日々を描く。


サハラに青春を賭けるーフィールドワークは想定外のことばかり

前野氏が訪れ、所属したのは国立サバクトビバッタ研究所。サバクトビバッタは、農作物に甚大な被害を与える害虫で、その行動や繁殖パターンを解明することは、農業に大きな影響を及ぼす。調査と駆除の拠点を兼ねる重要施設だ。

最初の行先は首都から250㎞ほど北上したエリア。筆者は過去1世紀にわたるバッタに関する論文を読んだが、さっそく”夜中にトゲ植物に潜んでいるバッタたち”という論文に全くない状況に遭遇する。夜中に遭遇するバッタがみな棘がある程度大きい植物にしか潜んでいなかったのだ。おそらく武器を持たぬバッタが天敵から身を護るためだと考えられるが、ともあれ一時間足らずの観察で、早速論文のネタが見つかった。

翌朝、数kmほど移動すると300mほどにもわたる群生相のバッタが!群生相化したバッタはお互いに惹かれ合い、群れる習性があり、小さい群れが続々と合流して巨大な群れを形成することもある。群生相の幼虫が一斉に同じ方向を向く「マーチング」を目撃し、感動のあまり泣きそうになる。

翌日、防除部隊に先導され、さらに大きいバッタたちの群れに遭遇。実は、2年間の研究計画自体は立てていたが、群生相の幼虫を研究する予定は一切なかった。しかし、目の前には大量のバッタがいる。こんな贅沢なシチュエーションを逃す手はない。日本では計画通りに研究しないと劣等生の烙印を押されてしまうが、アフリカでは無計画さ、柔軟さも時に必要だと腹をくくり、観察を続ける。傾向が見えてくると仮説がひらめく。

「群生相の幼虫は、群がっている植物の大きさに応じて逃げ方を変える」という仮説を立てる。必要なデータは3つ。

①植物上の群れの個体数 ②逃げ方 ③群れがとどまっている植物の種類と大きさ

これらのデータを収集できればバッタの逃げ方のパターンを解明できる。科学では「他の科学者が同じように実験しても再現する」方法しか認められない。なのでシンプルにした方が、論文も描きやすいため、後々自分の為にもなる。

そこで、助手に白い服を着てもらい、ターゲットを見つけたら群れの大きさを5段階で記録。助手に歩み寄ってもらい、逃げ方を観察したら、植物の縦横高さを測る。しばらく続けていると、仮説を裏付けるデータが集まりつつあるが、慎重に進めなければ…。実際に、夜はまた昼と違った逃げ方が分かったという。

と言った具合に順調だったのだが、後に悲劇が待っていた。

乾季に消えるバッタ 進まない研究

調査に行くのもタダはない。サハラ砂漠では雨季と乾季が分かれているが、乾季は植物も枯れてしまい、バッタも見つけられなくなる。赴任早々大量のバッタと会えたのは、例年に比べて雨季が長引いて植物が多かった故のラッキーだそうだ。

とにかく乾季はケージの用意など、実験の準備を進めることになる。本当は実験用のバッタを捕まえておくべきだったのだが、それは失念していたそうだ。

いよいよ乾季があけ、雨が降った後にバッタを捕獲するーーはずが、バッタが全然見つからない。一週間後にまた行っても見つからず、探す場所を変えてみたが、結局見つからない。別で動いている調査部隊も見つけられない。いわゆるオアシスで数匹見つけられたが、「5㎞歩いて1匹見つかる」状況だったそうだ。

強かで、欲深い?モーリタニア人

考えを変えて、サバクトビバッタ以外のバッタも研究対象とすることにした。バッタを買えばいいではないか!ということで、研究所の裏にいる子供たちからバッタを買うことにしたのだが、これが大間違いだった。子供たちに1匹当たり100ウギアで買うと募ったところ、続々と殺到して収集がつかなくなってしまったのである。

ノートに名前を書いてバッタの数を記録するようにしたが、そのうちバッタの数を不正申告する子供が出始め、さらには暴力で他人のバッタを奪う子供も出てくる始末。見かねて暴力を振るわれた子は助けると、ありがとう!といいながらバッタを握りつぶす始末。カオスである。富は争いを生む。100ウギアは400円ほどだが、人を狂わすほどの価値があったのだ。

結局、それなりの出費をしたのに子供たちがもってくるバッタは生きているか死んでるか分からないものばかり…「普通、バッタを持ってきたらと言うのは生きているバッタに限ると思うが、これは私の常識を押し付けていた」と反省する。ロクに研究サンプルは得られなかった。

モーリタニアでは頻繁に外国人は足元を見られる。税関では荷物が来ても渡されず、ワイロが必要だと言われる。初めて使った時は個室に呼び出され、相場の10倍の額を要求されたそうだ。(ワイロに相場がある時点で悲しいが…)以後、研究室の人に代わりに取ってもらうことにしたという。

助手としてティジャニさんを雇っていたが、ティジャニも研究室から給料をもらっているにもかかわらず、研究室から金を貰ってないと嘘をついて前野氏から給料をもらっていた。とにかく、コソコソとした場所でお金の話をされるときは大抵嘘をつかれている。

買い物も、露店では外国人だと5倍ほどの値段を取られるので、ティジャニに代わりに買ってもらったそうだ。ティジャニが買った後に前野氏に品物を渡すと、「ちょっと待てよ外国人に渡すならその価格じゃ売らないよ」と平然と言われたりもするそうだ。罪悪感が無い笑

だが、このティジャニとは最終的にとてもよい友情を築くことができていた。ティジャニはドライバーなのだが、1日500㎞も平然と運転してくれるそうだ。そうしたパートナーでもあるため、一期一会の関係の相手出ないなら、気前よくお金を払う必要があるのかもしれない。

前野氏の不屈精神

フィールドワークのメリットデメリットの両面を味わうことができた前野氏だが、総じてみるとデメリットの方が大きく、論文を満足に書けなかったようだ。

学術の世界は「出版せよ さもなけくば消えよ」(Publish or Perish)という格言がある。論文を満足に書けなかったため、就職の宛もないー。こうした状況で前野氏が取り組んだのが出版などを通した広報活動であった。

本稿では詳細を書かないが、こうしたサハラの地で鍛え抜かれた不屈の精神を見習いたいものだ。










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