ドラマ『海のはじまり』最終話感想 南雲家女三代記
ドラマ『海のはじまり』の最終回が終り、私はジン・トニックのグラスを傾けた。
「とうとう終りましたね」
私はその声のする方を見た。古居真郎、通称マーロウが私の自宅のテーブル席に座っていた。いつものことなので今更私は驚きはしない。
古居真郎、通称マーロウ登場の経緯↓
「ところで」
とマーロウは言葉を続けた。
「例えば、ひとつのリンゴをデッサンする場合、同じリンゴなのに見る角度や光の加減の影響で全く違う絵が描けてしまいます…」
「マーロウ、君は何が言いたいのかね?」
「このドラマも見方を変えればいろんな解釈ができるということです」
「それは確かにそうだが…」
マーロウは声を潜めて言った。
「私は気付いたのです。この物語にはある陰謀が隠されていたんですよ」
「陰謀…ふーん、眉唾物だがどういった陰謀なんだ?」
以下の内容は、この記事の筆者(淡月)の考えではなく古居真郎、通称マーロウという架空の私立探偵の話しである。私はそれを筆記したに過ぎない。したがって、文中のマーロウの独白の「私」はマーロウのことである。
マーロウの独白
南雲家女三代記
私はある重大な事に気付いたのです。このドラマの主役は月岡夏でヒロインが百瀬弥生だと私は思っていたのですが、回を重ねるごとに違和感が大きくなっていきました。特に9話で夏と弥生が別れたことで主役は夏ではなくヒロインは弥生ではないと思ったのです。主役とヒロインが物語の途中であんな別れ方をするのはおかしいですから。夏と弥生は話しを進める為の狂言回しだったのです。
では、主役は誰か?が問題となりますが、それは南雲水季であり、水季の母の南雲朱音であり、水季の娘の南雲海なのです。つまり「南雲家の女たち」の物語だったわけです。「南雲家女三代記」とも言えるでしょう。この強烈な母性の塊こそがこのドラマの主役だったのです。言い換えれば、母性の塊というひとつの人格を分かりやすくするために朱音・水季・海の三人に分けたのです。
すなわち計画は水季、運営は朱音、実行は海。目的は父性の獲得。こう考えると流れが分かりやすくなります。
計画
こういう見方をすれば、第1話冒頭シーンの意味合いも違う見方ができます。あのシーンは水季と海が浜辺を歩いている綺麗で落ち着きのある物語の幕開けに相応しいシーンでした。しかし、カメラを引いて右にパンすれば、ある人物が写っていたはずです。そう、朱音が2人を見守っていたはずです。
根拠?それはあの時期の水季は既に病におかされていたので海辺まで2人で来られたとは思えませんから。水季が小康状態の時に朱音がクルマで送ったのでしょう。
そして、水季は海の後ろ姿を見ながら考えたでしょう。自分の死後のことを。
自分の死後、海の世話は当然に水季の両親である翔平と朱音がみる事になりますが、両親は高齢です。このままでは海の将来に不安が残ります。その不安を解消するためには父親が必要となります。
父親候補としては身近なところで津野晴明がいますが、水季は過去に津野を振っていますので候補になり得ません。そこで月岡夏です。水季は夏も7年前に振っています。でも、津野と違って夏は海の実父です。時間が経過しているとはいえ海の父親候補の最有力です。
水季は病の身体に鞭打って海を連れて夏の自宅まで行きました。水季は夏が引っ越しせずに住んでいたら全てを打ち明け謝罪し海のことを夏に考えてもらおうと決意したのです。しかし、夏が百瀬弥生と楽しげにアパートから出てくるところを水季は目撃してしまいます。水季にとっては想定外でした。一時撤退。計画の修正を余儀なくされました。水季は今の夏と彼女の状態をなるべく壊したくなかったはずです。そこで計画を次のように修正しました。
①事あるごとに海に夏の事を話して夏を身近に感じてもらう。
②夏のアパートへの行き方を海に覚えさす。分かりやすい絵入りの地図まで用意する。
③もし夏が海の父親になる決意をした場合に夏に読んでもらう手紙を書く。同時に迷惑をかけるであろう夏の彼女にも手紙を書く。
水季は以上の事を母の朱音に伝え、用意した手紙を朱音に託したのです。
運営
水季から託された朱音は、水季の海を想う母性愛を感じたことでしょう。同時に、若さ故の甘さも感じたはずです。水季の計画だと確実性がかなり低いと朱音は思いました。そこで、朱音は百戦錬磨で年季の入った大いなる母性愛を発揮し確実性を高める事に努めました。
①水季の大学時代の友人を何人かピックアップする。それは月岡夏に連絡がいくようにするため。
②母である朱音としては津野の水季に対する対応に不満があるが、葬儀の時には不本意ながら津野に海の世話を依頼する。
③津野に月岡夏が葬儀に参列しているかどうか注意することも依頼する。夏を発見すれば直ちに連絡することも依頼。
④同時に、海の手荷物もチェックし、夏のアパートの絵図を確認し、もし夏が葬儀に現れない場合のプランも用意する。
⑤海に水季のスマホを持たせ動画の再生の仕方を教える。同時にそのGPSで海の所在のチェックもする。
こうして娘の水季と孫の海のために朱音は万全の体制を構築したのです。その結果、朱音の思惑通り事は運んだのですが想定外もありました。津野晴明と百瀬弥生の存在です。
朱音は津野も弥生も自然と離れて行くだろうと思っていました。しかし、不思議な事に津野も弥生も離れていこうとしませんでした。朱音は月岡夏だけが欲しかったので津野と弥生を排除するため敢えて厳しい対応をしたわけです。
ですから、津野は朱音によって排除され、弥生は朱音の思考に影響を受けた夏から排除されました。
後はタイミングを見計らって水季の手紙を渡すだけです。そして、月岡夏に罪悪感を植え付けるため夏の前で寂し気な様子を見せたりしたのです。
実行
「女は生まれながらにして女優」という言葉があるように朱音は海に対して自由に振る舞わせました。ただ、夏と海が2人で暮らしはじめた早々に海が家出をした事は想定外でした。最も慌てたのは朱音だったでしょう。でも、何とか事なきを得たので朱音の役目も無事終了です。
………………
母性と父性
「以上が視点を変えて南雲家の母性愛の観点から物語を再構築した私の見解です」
私はマーロウにジン・トニックをいれた。マーロウはジン・トニックを一口飲む。
「なるほど、それはそれで説明がつく」
「そして、ラストシーンへとつながるのです」
「ふむ、母性から父性へと引き継がれたわけか」
「そうです。あのラストシーンの撮影は私も見学してました」
「そうなんだ!」
「ドラマ上は海と夏が海辺を歩いていくシーンだけですが、実はあの後、カメラが右にパンしてズームアップしていたのです」
「ホントかね」
「ズームアップされた人物は…」
「南雲朱音…か」
「そうです。海と夏を見守る朱音はまるで観音様のように慈愛に溢れた笑みを浮かべてました」
「へえ…」
「で、カットがかかり朱音がこちらに歩いてきたのです」
………………
「あなた探偵さんでしょ」
「ええっ…分かります?」
「分かるわよ。チョロチョロして目障りだったわ」
「それは申し訳ありませんでした…しかし、見事に役目をやり遂げましたね。でも、そのせいで巷では朱音さんを怖がる視聴者もいるようですが」
「別にいいわよ、それくらい…あなた母性と父性の違い分かる?」
「うーん、恥ずかしながら私には分かりません」
「そうよね。どう見てもお子さんがいるように見えないし」
相変わらず朱音の言葉は辛辣である。
「『したたかさ』があるかないかよ」
「そういうものですかね」
「そうよ、だから夏君も『頼れるものは頼ろう』という思考が出てきたでしょ。父性に『したたかさ』がついて母性に近づいてきたのよ」
「そういうことか…」
「でも、まだまだ安心はできないわ。やはり本物の母性が必要なのよね」
「本物の母性…」
「あなた、百瀬弥生のその後って気にならない」
「そりゃ気になりますよ。彼女も幸せになってもらいたいですし」
朱音はイタズラっ子のような笑みを浮かべた。
「リクエストがあれば考えてもいいわよ」
………………
「あの後、南雲朱音とそんな会話があったのか、マーロウ!?」
マーロウはジン・トニックを飲み干した。
「ええ、どうやら朱音は仮想現実の私の姿が見えてたらしいです。私は姿を消すモードにしてたんですが百戦錬磨の偉大なる母性の持ち主にはかないません」
「しかし、弥生の後日譚があるのか」
「まあ、どうなるか分かりませんがヒントをくれましたよ。これです」
マーロウは録画が終ったばかりの最終回を再生しラストシーンの後へ移動させた。それはDVDなどの発売の告知の場面だが、その背景は夏と海と弥生が手を繋いで歩く後ろ姿だった…
私はその場面を観ながらマーロウに尋ねた。
「マーロウ、君は朱音にどう返事したのだ!?」
「…」
マーロウの姿は消えていた。
『海のはじまり』感想 了