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ドラマ『海のはじまり』第7話感想 ハードボイルド津野晴明
このドラマの登場人物で不思議な立ち位置にいるのが津野晴明。この第7話では津野の人物像が明かされた回だった。
津野晴明はどうして月岡夏にきつく当たるのか。南雲朱音はどうして津野晴明と一定の距離を置こうとするのか。このような疑問があったがそれが解消された回だった。
津野晴明と南雲水季
水季が海を産んで海が3ヶ月頃に水季は図書館に就職した。それが水季と津野の出会いだった。
1歳になった海を迎えに行った水季が忘れ物を取りに戻ってきた。偶然居合わせた津野は水季に言葉をかける。
「無理しないでね」
その言葉は風船に針を刺すかのようだった。張り詰めた心の風船から空気が漏れ出すかのように水季は言葉を発した。
「無理です」
驚き立ち尽くす津野。
「みんなそう言うのです。『大変だね。頑張って。でも、無理しないでね』って…無理しなきゃ子どもも私も死んじゃうって」
「ごめん、無神経に」
「…八つ当たりしました…すみません」
部屋を出て行こうとする水季に津野は言葉をかける。
「あの…俺、子どもも彼女もいないし、家帰っても本読むくらいで、休みの日も本読むくらいだから」
「私、別に、趣味で子育てしているわけじゃ…」
「ごめん、その、本読む代わりとかではないんだけど…」
「そろそろ本当に無理そうで、いろいろあって勝手に産んだから親に頼りたくなくて」
「他人の方が頼りやすい…その、何があったか知らないし、詮索もしないし」
「じゃあ、うちのアパートと保育所の場所ラインしときます」
「…はい」
「海、津野さん。“さん”って言うのも変か。津野君、『よろしく』って、はいタッチ」
津野は海の手にタッチした。
これが全ての始まりだったのだ。文学青年である津野。仕事は図書館司書。普段から津野は言葉を大事にしていたのだろう。だから不用意に水季に言った「無理しないでね」の言葉が水季の感情をむき出しにしてしまったことに驚き、そして謝った。その謝罪の意味を込めて海の世話を申し出たのだろう。同時に津野は自らに縛りを設けたのだ。「他人」であることと「詮索しない」ことの2つを。それは海の小さな温かい手にタッチしたことで一種の契約が津野の中で成立したのだ。
したがって、この時、津野は水季に対して恋愛感情はなかったと思われる。あくまでも庇護すべき存在を守るという父性愛だったのだ。
これ以降、津野はこの契約を誠実に遂行していく。傍から見れば津野は水季に好意を抱いているように見えただろう。水季自身、津野の自分に対する好意を利用しているようで辛いと同僚に打ち明ける。しかし、津野は他人にどう思われようがどうでもよく己のすべきことをしていくのみ。
月岡夏が署名した中絶同意書を偶然目にした津野は水季を問い詰める。
「おろせって言われたの?逃げたの?そいつは知ってるの?」
「知らない人のことを『そいつ』呼ばわり」「おろしたと思ってるの?」
「私が知らせてないだけだから」
「知らせたほうがいいって。養育費とか、分かんないけど、そういう…南雲さん、こんなに大変なのに…何も知らずに呑気に生活してるなんて」
「津野さんだって何も知らないでしょう、海の父親のこと。知らないのに悪く言わないでください。…ごめんなさい」
言葉を失くす津野。
津野の言葉は正論である。しかし、津野は水季に反論され言葉を飲み込む。自らの心の中で決めた「他人」と「詮索しない」というルールを守るため。ハードボイルド津野晴明ここにあり!である。
入院した水季を見舞う津野。売店で何か買ってこようかと水季に問う津野。「ミカンのヨーグルト、無ければいい」と答える水季。結局、津野が買ってきたのは普通のヨーグルトとミカンだった。
「こんな選択肢もあったんだ」と感慨深く呟く水季。病気の治療より海と過ごす方を選択した水季の考えを変えてもらいたかった津野だったが、その願いは届かなった。
蝉時雨が鳴り響く夏の日。津野のスマホに着信が入る。発信元は水季の母の朱音だった。全てを察した津野はあふれ出す感情を抑え電話に出る。慟哭する津野。しかし、その慟哭の声は蝉時雨にまぎれてゆく。
津野晴明の心の中の契約が終わった瞬間であった。そして、自分がいかに南雲水季を愛していたかを思い知った瞬間でもあった。
津野晴明の恋愛がはじまりと同時に終わりを迎えた。
津野晴明と南雲朱音
水季の母の朱音からすれば、どうして水季と津野は付き合わないのだろうと疑問に思っていただろう。単なる職場の同僚にそこまで海の世話を頼まないだろうし、水季と津野は男女の仲になってても不思議ではないと朱音が考えたとしても自然である。朱音は中途半端な関係をやめて水季と海を籍に入れてほしいと津野に対して望んでいたのだろう。正式な家族となればもっと違った形があったかもしれない。朱音は津野に対して腹立たしさを感じていたはず。
だから、朱音は、津野に対して「お母さんと呼ばないで」と言ったり、津野からの電話を無視したり、水季や海の荷物の整理をしようとする津野に「触らないで!家族でするから」という言葉が出たりしたのだろう。
そんな朱音の心ない言葉を甘んじて受け入れるしかできない津野であった。自ら課したルールがあったから…
津野晴明と百瀬弥生
この二人、海との関係においては似ている。つまり、「他人=外野」なのだ。しかし、その姿勢は異なる。
津野はその立ち位置を守ろうとする。弥生はそこを越えて母になろうとする。
この津野と弥生の場面は秀逸だった。弥生は夏との関係では年上ということもあるのか、どこか構えている感じがする。しかし、津野とは対等で何のこだわりもなく本音が言える。今回は意味が深いけど軽妙な会話だった。
水季が海を連れて夏のアパートへ行ったが夏が弥生と一緒だったので会わずに帰ったことを津野は弥生に言った。弥生はこれからもそういう知らないことを言ってほしいと津野に言う。
「なんでそんな一生懸命っていうか、必死なんですか?」
「母親になりたいからです」
「立派ですね、すごいですよね、そういう女の人の子供への覚悟っていうか」
「性別関係あります?なんで子供の話になると途端に父親より母親が期待されるんですか」
「すいません、イメージでもの言っただけなので」
「父性ってあんま使わないけど母性みんな気軽に使いますよね…無償の愛、みたいな、そんな母親ばっかりじゃないのに」
弥生の言葉にかつての母の日の展示での水季を思い出す津野。
「津野さん何かお勧めあります?」
「でも南雲さんが選んだほうがいいと思うよ、母性の話だし」
「母性?」
「うん、母の日の展示でしょ?」
「え、何ですか母性って」
「ん?何って?」
「無償の愛、とかですか?」
「言葉にするなら…ごめん、気に障ったなら」「子供を愛せない母親なんていっぱいいるのに、母の性って、それが無償の愛?って…あっ、引いてます?」
「ううん、その通りだなあって」
弥生の言葉が続く。
「美しく一言でまとめたい時に都合のいい言葉なんでしょうね、母性って。すみません、引いてます?」
弥生と水季を重ね合わせた津野。
「真逆の人選んでるの、なんか腹立ってたんですけど、ちょっと似てるんですね、それはそれで腹立ちますね」
「似てないと思いますけど」
「知らないじゃないですか、知らない人のこと分かんないでしょ」
「まあ…」
「昨日、月岡さんから電話きて、水季の墓参り来て下さい、水季も会いたがってると思いますって…あの人、水季水季うるさいですよね」
「…はい」
「海ちゃんが連絡先知ってるので何かあれば、連絡ください」
「いやいや」
「南雲さんみたいに1人で決めないでください」
この二人が座っているベンチの奥には『君たちをいつも見守る地域の目』と刻まれた石碑。
「じゃあ、僕、チャリあっち置いてるんで」「はい」
なんだか往年のハードボイルド小説の登場人物たちの会話のようだった。母性について、水季への失言を弥生にも繰り返すと思えば、弥生への反論として水季の言葉を引用するし、「南雲さん」としか呼べなかった自分の不満を明かすし、津野晴明、なかなかウィットに富んだ言葉の使い手である。この二人、別の出会い方をしていれば…と思ってしまう。
湊(みなと)
以前の感想で、津野の「津」とは湊の意味があると書いた。つまり、舟が停泊しては、また海へ出航していくのである。津野晴明という人物のもとに水季や夏や朱音や弥生という舟が停泊し、それぞれの思いを抱え、再び海へと出航していくのだろう。
思えば、この物語は津野晴明が巻き起こしたようなものである。水季の葬儀に現れた月岡夏を見出し、弥生と海に引き合わせたのは津野晴明だった。この時、海が夏と出会ったからこそ後日海は一人で夏のアパートへ行けたのだ。
驚いた事に、津は湊を意味するが湊は広東語では「子どもの世話をする」という意味があるらしい。
無償の愛を体現しているのは津野晴明だったと言える。