4期の善
(メインブログ「神様達と共に」で2017年4月8日にアップした「4期の善」の内容を、一部修正&加筆して再アップしております。)
先日、2匹カモちんが・・・楽しそうに泳いでおりました( ´艸`)
梅の木の下で、「やあ」と挨拶しているかのようなカモちん2匹・・・(* ´ー`)乂(^O^*)
仲良くスイ~スイ~と戯れてぇ~(*´∀`*)(*´ω`*)
最後は・・・。
まるで、チュッとしているかのような2匹でした(*^ 3^)(^ε^*)
あははは~(^^)
いやぁ~、可愛かったです( ´艸`)
春になってくると、こんな風にいろいろな命達の幸せそうな光景を目にすることがありますよね。
いい季節だなぁと思います(^^)
先日は、そんな春の雰囲気もあってかなのか・・・ある印象に残る夢を見ました∑(゚Д゚)
それは次の様な夢でした・・・。
そこはどこかの山の渓流で・・・あたたかい日差しがキラキラと川の水面に反射しています・・・。
季節は春で、周囲にはとても穏やかな雰囲気が満ちています。
僕はその渓流の川縁に腰掛け、美しい水面を見ているのですが・・・。
その隣にはなんと・・・あの新横綱の稀勢の里さんも座っているのです∑(゚Д゚)
どうやらこの夢の中での僕は記者の様な立場らしく・・・稀勢の里さんと談笑しながら、質問をしたり、彼の言葉を時々メモしていました。
二人でキレイな川の流れを見ながら、リラックスしつつ・・・いろいろな話しをしている雰囲気でした。
すると・・・ちょうど僕と稀勢の里さんの間に、4匹の小さな魚が寄ってきたのです。
そして・・・その4匹の魚がまるで鯉のぼりの様に、上を向いて1列にキレイに並びました。
それを見て・・・僕は何の気なしに言いました。
ピース「魚が来ましたね。」
すると彼は嬉しそうに微笑みながら、こう言ったのです。
稀勢の里さん「そうですね。
これはまさに、”4期の善”ですね。」
不思議なのですが・・・彼の「よんきのぜん」という言葉を聞いた瞬間に、その漢字が「4期の善」であるとわかりました∑(゚Д゚)
しかし、その意味はわかりませんでしたので、僕は彼に聞きました。
ピース「4期の善とは、どういう意味ですか?」
すると彼は一瞬、僕が知らないことを意外そうにしつつも、丁寧にこう教えてくれました。
稀勢の里さん「人は、1度や2度であれば、努力して自分なりの善を行うことが出来ます。
ただ多くの場合は、それ以上に善を続けることが難しいのです。
ですから・・・自分が大切だと思う志を持ち、それを成すまで忍耐して善を続けるのです。
それが3度目の善・・・3期の善ですね。
しかし・・・人は志を成してしまうと、それで満足してしまい、それ以降は善を続けなくなることもあります。
ですから・・・それ以降も善を行うことを大切にするわけです。
これが、4期の善です。
そのようにして人は、その後もずっと善を続けていくことが出来るのです。」
・・・。
この内容を嬉しそうに語っていた彼の笑顔を思い出すと、今も・・・なぜか涙がこぼれそうになります・・・(TωT)
彼はとぉってもあたたかく・・・柔らかい表情で、この内容を語ってくれたのです(*^_^*)
彼のその様子を見て僕は、(この人は自分でもそれを実践してきたのだなぁ。)と、ハッキリ感じました。
そして・・・。
ピース(この人は、まさに美しい魂の力で、横綱になったんだ・・・。
苦しくとも善を続けることが、彼の内なる魂のエネルギーを高め・・・自らの力となったのだなぁ・・・。
いったい、どれほど大変だったことだろう・・・(TωT)
これは、ぜひ僕も見習わなくては・・・。)
と思い、そして目覚めたのでした。
いやぁ・・・4期の善・・・いいお話ですよね~(ノ_-。*)
目覚めてからもたびたびこの夢を思い出し、稀勢の里さんのお心の深さと尊さをしみじみと感じていました・・・。
『善』を行う心というのは、人によってさまざまなスタイルがあると思いますが・・・。
稀勢の里さんの場合は・・・慎み深さや、あたたかさ、忍耐、優しさ、素直さ、穏やかさなどがそれに当たるのかなぁと思います。
きっとあらゆる『善』の奥には、その人らしい魂の純粋さが隠れているものだと思うのです。
その心を、相撲という過酷な勝負の世界で貫き続けることが、いったいどれほどの苦しみと痛みを伴うことだったか・・・(TωT)
想像すると、また涙がこぼれてきます・・・(ノ_-。*)
もちろん、これは夢であるが故に、必ずしも真実とは限らないのですが・・・。
でも、この夢を見て僕は直感的に・・・「彼こそ本当の意味での横綱なのだなぁ」と感じました。
どこかで、この夢は真実を表していると、僕の心が感じているのです。
日本人って、本当に慎み深く・・・優しく・・・謙虚な人が多いのですよね。
これまでの犠牲の時代では、そういう心ある人ほど、争いに負けたり・・・損な役回りを被ることが多かったと思います・・・。
でも、時代はいよいよ慈悲の時代に入り・・・その辺の流れが変わってきたのですよね。
昨年末の記事・・・「魂のプロセス2016 慈悲」の中で、あるじは・・・。
「ここから先は・・・これまで慈悲を高め育んできた者ほど・・・現実でも福を得ていくことになるだろう。」
と言っていました。
おそらく稀勢の里さんも、そのような時代の流れの中でこそ、ついに念願の横綱になれたのではないかなぁと感じます・・・(TωT)
自分なりの『善』を貫くことって・・・時にとっても苦しいですし、難しく感じることもあります。
でも、誰もが本当は自分らしい『善』なる力をちゃんと持っているし、それを貫いて生きたいものなのですよね・・・。
これからの時代では、『善』が犠牲に繋がるのではなく・・・『善』が幸せに繋がっていくような・・・そんな流れになるのではないかなぁと思います。
あたたかさや優しさ・・・無邪気さ・・・信頼・・・明るさ・・・謙虚さ・・・慈しみ・・・信じること・・・凜とした愛・・・調和・・・安らぎ・・・など・・・。
自分らしい『善』・・・自分らしい心の輝きを大切に・・・。
それによって誰も犠牲にせず・・・自分も犠牲にならず・・・そして現実的にも、あらゆる面で納得感のある幸せを得ることができるのでしょう・・・。
僕自身、無理はせずとも・・・着実に一歩ずつ・・・。
時々、4期の善を思い出しながら、心して生きていこうと思います(^^)
ご覧下さりまして、ありがとうございました。