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【小説】恋の成仏短歌3「完璧な1日」

毎日同じことの繰り返しの中で、滅多に来ない人から連絡がくること。しかもそれが「嬉しい」と思えること。その確率はとっても低い。

そんな中で、見慣れないLINEアイコンがスマホに表示されて、ドキッとしたあの日。

おそるおそる表示名を見ると、それは予備校時代の友人だった。

どちらかと言えば人見知りな私が作ってた壁を、失礼なほどいきなり壊してきたあいつ。気づけば仲良くなって、なんだかんだ授業で会うたびに漫才コンビみたいなやりとりをしてたっけ。

LINEの表示を見てもよくある名前だから一瞬わからなかったけど、昔と変わらない飼い犬のアイコンを見て、ピンときた。

「久しぶり〜」

たったそれだけ。これに一体どう返せと?

通知画面でしっかり内容は把握しつつ、未読状態にしたまましばらく考える。LINEの返事の仕方に悩むなんて、いつぶりだろう。悩んでる時点でどうでもいい相手ではなかったんだろうな、悔しいけど。

「おー、急にどしたの」

なるべく淡々と、短めに。そんな風に意識してやっとそう返した。10分以上悩んで返したことがバレてないといいけど。

「最近合コンとかしてないの?笑」

二言めになんてことを言ってくるんだろう。相変わらずノリが軽すぎる。呆れながらもしばらく会話を続けてみると、どうやら3年付き合ってた彼女に振られたらしいことがわかった。

「あんたに紹介できる女の子なんていないよ笑」

そう返しつつ、「仕方ないから慰めてあげるか」なんて、完全に余計な言葉を続けてしまった。激しく後悔して送信取り消しを押そうとしたけど、早々に既読がついて。

「俺の渾身のデートプラン見せてやる」

謎の展開になり、ノリだけであいつとの初デートが決まった。

デートを好きな人同士がするものなんて定義するほど、もう子供じゃない。友達と出かけることをデートって呼ぶなんて普通のことじゃん。

そう言い聞かせながらも、私はどこかウキウキしてた。

土曜の昼間から始まったデートは、それはもう非の打ち所がない完璧なコースで。

私がもう何年もデートらしいデートをしてなかったから、そう思えただけかもしれないけど……それにしたってよく出来すぎてた。

中目黒の駅前で待ち合わせて、「なんかそこで売ってたから」といきなりおしゃれな焼き菓子をくれた彼。

久しぶりに会ったあいつは見た目もちょっと垢抜けてたし、なんだかキザすぎて笑っちゃったけど。

あいつからのサプライズ手土産を持って散歩した中目黒から代官山までの道は、驚くほどに楽しかった。

お互いが好きな店にふらっと入りながら、たわいもない話をする。会ってなかった期間が長いおかげで話すネタは尽きない。

気づけばそのまま渋谷までひたすらに歩いて、最後はあいつのお気に入りだと言うおしゃれな居酒屋で夜ごはんを食べた。

「適当に頼んでいい?」

つまみからメインまで、悩むことなく次々に注文していく彼。

彼女とは何回来たのかなあ。

散歩中に彼が元カノの話をしてくることはなかったし、私もあえて聞かなかったけど。どうしたって気にせずにはいられなかった。

中目黒から渋谷までの道のりだって、元カノとのおなじみのデートコースだったに決まってる。じゃなきゃあんなに歩き慣れてないはずだもん。

居酒屋ではお互い生ビールを追加注文するペースが上がっていって、酔った勢いで元カノの話も聞いたけど。肝心なことは何も聞けなかった。

次どんな人と付き合いたいの?
今日はなんで誘ってくれたの?

22時頃に解散して、電車に乗ってひと息ついた頃。ちゃんとLINEをくれるところまで含めて完璧すぎた。酔ったときに来るLINEほどときめくものはない。ずるいなあ。抜かりないなあ。

「今日は楽しかった、ありがとな!」

また行こう、まであればもっとよかったけど……なんだかサッパリした彼の雰囲気を感じて、次があるかどうかを聞く勇気は私にはなくて。

毎回デートする人にいちいち手土産なんて、あげないよな。

あんなに嬉しかったはずの焼き菓子の特別感がなんだか無性に悲しくなって、帰ってからしばらく手がつけられなかったんだっけ。

結局数日後に食べて、バターの効いたおいしいフィナンシェだったことは覚えてるけど。

これも彼女のお気に入りだったんだろうか。

あまりにも完璧なデート。
でも、これからどうなるんだろうと期待が高まる楽しい関係は、あの日限りで終わった。

私たちは何もなかったかのように、
たまに連絡を取り合うだけの友達に戻って。

いや、戻ったと思ってたのは私だけで……何も始まってなかったのかもしれないけれど。

今でもあのフィナンシェを見かけるたびに、きゅっとなるのはあいつのせいだ。


知ってたよデートの質と愛情は
決して比例しないということ


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