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力を抜くのが下手な私にマウスピースが教えてくれたこと
朝起きて一番最初にすることはなんですか?
そう聞かれてパッと思いつくのはコーヒーを飲むことや、シャワーを浴びること。でも、私にはそれよりも先にすることがある。
それは、マウスピースを洗うこと。
自分の上側の歯の形にちょうどハマるようにつくられた、プラスチックのマウスピース。起きたら洗面台にある小さめの容器に水を入れて、専用の洗浄タブレットを1つ箱から取り出し、ぽちゃんと落とす。
振り返ると、かれこれ4年くらいこのマウスピースをつけ続けてるらしい。ざっと1000回以上は、このおしゃれでもなんでもないモーニングルーティンを続けてきたことになる。
きっかけは、虫歯の治療を終えてそのまま定期検診に通っていた歯医者さん。治療してくれる先生は、助手の方に常に冷たいトーンで厳しい声をかけ、患者にもドライなこわーい先生。それでも腕は確かで、治療中にほぼ痛みを感じたことがないのでビクビクしながらも通っている。
そんな先生からある日かけられた言葉。
「歯にヒビが入ってますね」
虫歯の治療は終わっていたはずだし、特に自覚してる問題もない中で思わぬ指摘だった。言われてみると、確かに縦にくっきりと線が入っている。毎日見慣れていたから特に意識することもなかったけど、言われてみるとなかなかの存在感だ。
「放っておくと歯が弱ってきますから。マウスピースした方がいいですね。」
先生によれば、夜寝てる間に歯ぎしりをしたり、食いしばったりすると入るヒビということで。マウスピースをすれば、食いしばりによる力を一旦受け止めてくれるので、歯にヒビが入るのを防ぐことができるらしい。
今のところ痛みもないし日常生活に支障はない。何より、毎日寝るときにつけるなんて面倒すぎる。
頭の中にはつけたくない理由がいくつも浮かんだけれど、こわい先生の提案を断る勇気もなく。私は言われるがままにマウスピースをつくり、毎晩つけて寝ることになった。
そこから数ヶ月に一回、マウスピースと歯の状態の確認をするために歯医者に通った。
自分の目ではわからないけれど、マウスピースには検診のたびに傷が増えていたようで。
私は自分で思っている以上に、歯を強く食いしばってるらしい。
しかも、食いしばってるのは夜寝てる間だけじゃないという。
「日中も食いしばってるのに気づいたら、歯を浮かせてくださいね」
歯を浮かせる……!?そんな発想持ったこともなかった。そもそも日中はほぼ働いてる時間なわけで、仕事中に自分の歯がどんな状態かなんて考えたこともない。
毎日、こなすべきタスクとスケジュールに追われる会社での時間。それまで自分の歯に思いを馳せる時間なんてなかったけれど、先生に言われてからはどこか頭の隅で気にするようになっていた。
こわい先生の影響力はすごい。
すると、これがびっくり。
作業に集中したり、タスクに追われて焦ったり、「頑張らなきゃ」「よし、やるぞ」と思ってデスクに向かっているときほど、歯に力が入っていることに気づいた。
先生に言われたとおり意識してふっと歯を浮かせてみると、入っていた力が自然と抜ける感じがする。
必死に働けば働くほど、こんなに力を入れて歯を食いしばってたなんて……全然知らなかった。
4年経った今、私の日中の居場所はオフィスではなく自宅。
向き合ってるのは仕事ではなく、0歳の娘。
泣いたら抱っこして。おっぱいをあげてミルクをあげて……一息ついたと思ったら、またおっぱいをあげてミルクをあげて。
いつ泣き出すかわからない相手に常に気を張ってるし、力も入ってて。自然と、歯も食いしばることになる。
仕事と違って、育児には昼も夜も関係ない。私の歯の食いしばりは今日も明日も境目なく、ずーーーっと続いているのだ。
それでも、深夜1時を過ぎれば私は歯を磨き、マウスピースを入れることにしている。
寝る場所も寝室からリビングのソファに変わったけれど、これだけは4年前から変わらない。
力を抜くのが下手でずっと食いしばり続ける私を、せめて夜だけでも……と受け止めつつ守ってくれるのが、このマウスピースだから。
仕事に育児に……私たちは知らないうちに、何かに必死になっていて。毎日少しずつ、そんながんばりを積み重ねている。
でもそのがんばりはいつしか当たり前のものになって、自分がどれだけ力を入れているのかも気づかない。
こんなに歯を食いしばって、日々何かを乗り越えているのに。
身を粉にして、どんどん傷だらけになっていく姿は切ないけど。それだけ自分も日々がんばってるんだ……と気付かせてくれる、マウスピース。
たまには何かに頼ったり誰かに守ったりしてもらいながら、意識的に力を抜かないとだめだよ。
傷だらけのマウスピースが、今日も私にそんなことを教えてくれている。