他者というカガミ


ある日の夜。

大学の最寄り駅までの道で、後輩と偶然出会った。


後輩は、友人と夕食の約束をしていたため、

一時、外出していたが、夕食が終わったので、

研究室に戻る途中だったそうだ。


私は、マスクをして、会釈しながら歩いてくる人に、

初めは気付かなかったが、距離が近づくにつれて、後輩だと分かった。


私が、言葉を発するより先に、その後輩は、

「友達とご飯に行ってました。遅いですけど、今から、実験頑張ります!」

と私に言った。


その後輩は、数日後に、研究室内での報告会を控えていたので、

友人との夕食に、少し負い目を感じたのだろう。


その後輩は、

可能なら、実験は、少しでもラクをしたいと思う子で、

その点、私とは、考え方が異なる。


しかし、その後輩は、そう思ってはいても、

実験に失敗しても、疎かにはせず、

その子なりに、自分の怠慢と闘い、努力している、

と私は感じていたので、

特に、説明の言葉は必要なかったのだが、

後輩なりに、何か思うことがあったのだろう。




後輩は、自分の怠慢と闘うために、

私という、自分とは異なる人/他者というカガミによって、

自身を、自身の良心を、自身の勤勉さを映し出していた。



他人は自分を映すカガミ

とよく言うが、本当にその通りだと思う。



他者のカガミで、常に自己の良心を、自身に投影したい、

と、自分ではない後輩を見て、思う。


私も実験、頑張るよ。

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