
【英語本レビュー】『ミル『自由論』原書精読への序説』薬袋善郎
『基本文法から学ぶ英語リーディング教本』(黄リー教)で英語学習者にもお馴染みの薬袋善郎先生による政治哲学の古典『自由論』を精読する本。
「精読」とは何ぞやを体現する丹念な上にも丹念な読解の実践で、なにしろ300頁弱ある本書をして、原書"On Liberty"全5章の内のChapter1前半までにしか到達していないほど。究極の「スローリーディング」(平野啓一郎)を堪能できる。
例えば、tyranny, despotism, oppressionといった政治学用語の訳語選定を巡って語義自体の検討と『自由論』の中での使われ方をすり合わせるといった学究的な読み込みもあれば、certain「ある」というごくありふれた単語に分け入り「特定の具体的な意味があり、話し手はそれをわかっているが、わざとぼかしている」のと「見方によっては……とも言える」のニュアンスを腑分けしていく英文解釈的な読み込みもある。この振幅はアカデミックな論文ではまず見られない本書ならではの無二の味わいだろう。
この本では「リー教」シリーズで学べる文法・構文理解を最大限に推し進めた先の「事柄」理解への実践が行われている。事柄を理解するとは具体的な事実レベルで内容を捉えること。admirationとあったら「称賛」で済ますのではなく、「誰が何について誰を称賛するのか」、必要ならさらに「いつ、どこで、どうやって称賛するのか」まで考える。それがミルの政治哲学のような高度に抽象的な内容であっても「事柄」はある!という揺るぎない姿勢に私は大いに感化された。(ともすると、言葉が「事柄」に到達することはないのではないかという安易な諦観に陥りがちだから。。)
それにしても個人的に意外だったのは、19世紀の英文にも関わらずミルの原文が比較的読みやすく感じたことだった。これはもちろん薬袋先生の解説の助けが大いに影響してはいるのだろうけど、以前、同時代のディケンズの"A Christmas Carol"の英文に挫折した経験を持つ私としては不思議な感じがした。今年の冬にでも再挑戦してみようかな、今度は越前敏弥先生の講義本の助けを借りて。
ところで、「本書の読み方について」で言及されているYouTube上の"On Liberty"朗読を探してみるといくつか見つかるけれども、
私の見る限りどの朗読も本文"The subject of this essay..."から始まっており、その前の「献辞」、フンボルトの引用に始まり亡き妻への想いに溢れる、
幼児期から徹底した英才教育を受け、冷静かつ論理的な文章から際立った知性の人とみなされ、一説によると知能指数は200に達していたとも言われる天才児ミルの中にこのような激しい熱情が脈打っていたことを窺い知ることのできる貴重な文章
と薬袋先生が評される献辞が朗読から省かれてしまっているのは誠に残念。
また「あとがき」によると本書執筆の背景には7年700時間におよぶDavid Chartさんとの談義があるとのこと。英国出身ケンブリッジ大学で博士号まで取得され、現在は日本で神道の研究をされているというこの人物が、いったいどのような方なのか興味を惹かれて少し調べてみると、こちらの動画で神道について語られているのが見つかった。
100万再生越え!とは凄い。。
本書の続編が今年の6月に刊行されていて、
こちらも入手はしていてとても面白そうだけれども、この本に見合う形でゆっくり精読を楽しみたいと今は思っている。