【箸休め】 〜山田直輝という人②〜
夫である山田直輝(湘南ベルマーレ #10)とは、それなりに長い付き合いになるが、私は彼の人柄を悪く言う人に出会ったことがない。それは、私達が夫婦になるずっと前からだ。
もし、過去に彼を悪く言った人間がいたとすれば、それは私だろう。大昔、当時の彼のモサっとした髪型を「まるでブロッコリーみたいだ」と言ってしまったことは、既に認めている。
彼は中学内でも「優しい山田君」として知られていた。そして卒業時には、文集で“優しい人ランキング”1位にまで輝いた!それは、私にはまるで縁のない賞だ。素晴らしいことである!
おまけに“運動神経が良い人ランキング”でも、“かっこいい人ランキング”でも1位だった!
かっこいい人ランキングは正直、男子から集まった票だろう。彼は目立つことが苦手で、教室の喧騒から少し距離を置いているような生徒だった。いつもニコニコと穏やかに過ごしていたのを覚えている。それにも関わらず、ちょっと悪ぶった男子達からも一目置かれていて、どんな人とも良好な関係を築いていた。男子生徒の中には“直輝リスペクト”のようなものが、確かにあったと思う。
そのように同性から支持を得たのは、誰もが認めるサッカーの実力と、それをもってしても決して気取らない性格ゆえのことだったのだろう。
後から聞けば、私がコートを届けた際に逃げるように去っていったのも、恥ずかしさのあまりとってしまった行動だという。
本当に彼は、シャイで控えめな、可愛らしい中学生だった。
それから時が流れ、彼はプロになり、数え切れないほどの苦難に立ち向かうことになった。しかしどんな時でも、彼は決して私に当たったり、家庭に不満を撒き散らすようなことはなかった。家ではいつも笑顔でいてくれたのだ。
そもそも彼は、不満の吐き方を知らないようにも見える。彼は、ひたすらに自分と向き合い、静かに努力を重ねてきたのだ。
そんな彼とは反対に、私は全く人間ができていない。
彼の長いリハビリ生活の後には、ピッチに立つその姿を見ただけで、涙が溢れた。しかし、その状況に慣れると、彼の不調の際にはもっと結果をだしてほしいとヤキモキした。
それを口に出すことこそなかったが、きっと彼は、私の気持ちを感じ取っていただろう。ならば、いっそのこと口にだして言ってくれと思っていたかもしれない。それでも彼は黙って、いつもチームのために最善を尽くしてきた。
プロサッカー界から、彼と同い年の選手が少しずつ減ってきた。
私は近頃、台所に立ちながら、ふと思うのだ。
それがどれくらい先の未来になるのか、まだ分からない。けれど、いつかは必ず来るその日。
夫の「サッカー選手として最後の日」に、私は何を作るのだろうと。
毎日夫の体調を確認し、それに合わせた食材をスーパーまで選びに行く。面倒くさがりの私は、そんな生活を億劫に思うこともあった。しかし、いつかは来るその日を思うと、この日々をとても尊く感じる。
願わくば、サッカーが大好きなあの「優しい山田君」が、限りあるこの生活を最後まで楽しみながら走り続けて欲しいと、そう思っている。