見出し画像

見た目の問題 (2057字) │ 特撮ショート

 暗闇を切り裂くように、私を乗せて運ぶ車は都心に張り巡らされた高速道路を走り抜けていく。後部座席から流れる外に目をやると、きらびやかに彩られた街の中に、今日の目的地である展示場が見えてきた。私が主演する映画の完成披露試写会が行われる特設会場だ。

「終わった後はスポンサーと会食予定ですが、長丁場です。何か軽く口にできるものを、後でお持ちしますね」

 手元の光に顔を照らされたマネージャーが、少しだけこちらを見ながらそう話す。私は手をやってそれに軽く応えるだけにした。俳優の道に進んで10年。やっとこの日を迎えることができた喜びで、感慨に耽っていたかった。

 到着した会場には作品のタイトルが書かれた横断幕や、大判ポスターが至る所に貼られていた。一番目立つのは、半円状に広がる観客席を見下ろすような形で作られた数十段に及ぶ階段。中央に位置され、頂上から私とヒロイン役の女優が登場し、エスコートしながらゆっくりと降りてゆく手筈だ。

 近くで見ると高さを感じるなと思いながら、私は隠れるように関係者のいる棟に案内された。ちょうど同じタイミングで、相手役の女優も会場入りしていて、目が合うと微笑みかけてくれた。私もそっと微笑み返し、控え室に入る。

 何人もの人たちが慌ただしくして、座っている私を人形のように美しく仕立てていく。鏡を見ている自分でさえ、うっとりする出来栄えだが、こうしていられるのは、奇跡そのものだろう。それは、映画の主演ができるほど売れたことを言いたいのではない。私は数年前に、顔面に大怪我を負って、役者を諦めなければいけない瀬戸際まで追い込まれた経験が、そう思わせる。

 ある舞台の稽古から帰る途中、暗い裏通りを歩いていると、一台の車がわき道から急に出てきた。避けきれずに正面からぶつかってしまい、私は数メートル引きずられた挙句、轢いた張本人は足早に現場から消えた。

 助けも来ず、意識が朦朧とする中、暗がりから手を差し伸べてくれたのは、一人の宇宙人だった。体は人間と同じ大きさでオレンジ色の服をまとうが、顔はカエルのように黒目が異様に大きいのを今でも覚えている。

 体格は小さいにも関わらず、私の体を簡単に抱き上げ、軽々と近所にあるアパートで手当してくれた。部屋の感じから相手は女性のように思えたが、ベッドに横にされると、クローゼットの奥から、何やら銀色の四角い機械のようなものを持ってきた。

「あなたが受けた傷を元通りにしてあげましょう」

「そんなことできるわけないだろう」

消え入りそうな私の声を無視して、宇宙人は機械をそばに置くと、取り付けられたシャワーノズルのような先を私の顔に近づけた。特に変わったことは起きなかったが、しばらくして顔を触ると、傷がまったくなくなっていることに気がついた。

「これからは気を付けてくださいね」

奇妙に先細った口が笑ったように見えたが、不思議と恐怖は感じず、それから私はこの部屋に入り浸ることになった。

 寝不足が続いて顔がやつれた時。役作りで老人の役を演じる時。この機械を使えば、瞬時に思い通りの顔になれることを知って、いつしかそれがないと、仕事ができなくなってしまった。

 宇宙人は機械に頼り切りになることを心配して何度も止めようとしたが、私は聞く耳を持たず、それでも使用を続けた。最期は宇宙人が機械を奪おうとして口論になり、私から家を飛び出して、それ以来今日まで宇宙人の行方は知らない。

「私はあなたと一緒にいれるだけでよかったのに。いつかまた会いに行くから」

あの宇宙人から言われた最後の言葉を思い出していたが、会場のスタッフから出番を告げられ、我に返った。

 観客席に続く階段の頂上が見えてきた。舞台袖から、前が見えないほど激しく炊かれた光の先に向かって歩いていく。煌びやかなオレンジ色のドレスを纏った女優ともあいまみえ、彼女の手を軽く引きながらステージに出ると、鳴りやまない拍手が迎えてくれた。私たちは微笑を浮かばせながら、ゆっくりと階段を降りていく。

 すると、歓声とは違う男性の太い叫び声が聞こえてきて、階段の先を見下ろすと、見覚えのある顔が勢いよく階段を上ってきた。周りの静止を振り切り、ものすごい勢いで迫ってくるのは、あのカエル顔の宇宙人に見えた。

「そんな、嘘だろう」

思わず女優の手を振り払い、来た道を戻ろうとした瞬間、私は焦って段差を踏み外した。そのまま玉のように転がり落る。宇宙人と思しき奴の横を勢いよく横切り、最後は観客席の前で伸びてしまった。響き渡る悲鳴と駆け寄ってくる従業員の足音が床越しについた耳に伝わってくる。

 遠のく意識の中で、先ほどの宇宙人は劇中の悪役に扮した人間であることに気づき、警備員達に取り囲まれているのが見えた。

「またやり直しか」

そんなことをつぶやいたのは覚えている。だが、目の前に見覚えのあるドレス越しの足が現れたかと思うと、

「やっぱり私も元の顔のほうが、よかったかしらね」

そんな声が頭上から振ってきたような気がしたのは、ただの勘違いだっただろうか。


\最後まで読んでいただき、ありがとうございます/
よければ、スキ、コメント、フォローお願い致します!
▶️ 作者のX ウルトラ更新中:@ultra_datti


いいなと思ったら応援しよう!

ダッチ │ 作品感想垢
\ 最後まで読んでいただき、ありがとうございます / よければ、スキ、コメント、フォローお願い致します! ▶️ 作者のX ウルトラ更新中:@ultra_datti

この記事が参加している募集