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小説・「塔とパイン」 #06

「生地が命だ」

「職人として、大事なことは生地に命を吹き込む」こと。いや、これは職人の道に入ったときに「師匠」から教わった言葉。

独立してから「師匠」には会ってないけれど、心のメモリーには記録されていて、時々記憶の棚から引っ張り出してくる。

辛いとき、苦しいとき、悲しいとき、それでも厨房に立ち続けなけやいけないこともある。そんなときにこの言葉を反芻する。

そうするとふと、落ち着く瞬間があるから不思議だ。

「Hey! あとどれくらいで生地出来るんだ?!」

突然、自分の世界に没頭していた空間から、現実に引き戻される。耳を通して、厨房長のステファンの濁声が聞こえてきた。


休んでいる暇はない。


今仕込んでいる生地の出来とスピードが、今日の売り上げを左右する。ドイツ人は商売っけがないと勝手に思い込んでこっちに来たけれど、現実は違う。


彼は顧客第一主義(ただし、決められた時間内でという枕詞がつく)。


ステファンは5歳年上。ミュンヘンの菓子店で修行したあと、奥さんと結婚後、この街に移ってこの店で働いている。1日のオペレーションは彼の差配に任されている。


「あと15分、待ってくれ!」


忙しい厨房に響き渡るくらいの音量で返した。


「頼むぞ!」 ステファンも返す。


忙しく殺伐とした戦場。「生きている実感」があるそんな空間。割と好きなんだ。

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