小説・「塔とパイン」 #10
甘い物が好きかと聞かれたら、そこまで好きじゃない。仕事柄、毎日のように小麦と砂糖にまみれているから、砂糖菓子を頬張ると「うっ!」ときてしまう。
疲れている時、調子の悪い時に口にすると、なおさらだ。
甘い物を口にするのは好きじゃない。だけど、甘いモノで自分の表現したいモノを作るのは好きだ。
もっというと、僕の作ったお菓子を見て、手にとって、嬉しそうにしている人の顔を見るのが好きなんだ。
「素敵ね〜。ありがとう」
多分、これを言われたいんだと思う。
学校の成績もパッとせず、スポーツも得意じゃない、取り立てて得意なものもなかったあの頃、波風なく過ごしてきたからか、言われたい欲求があったのかもしれない。それが、今になって、欲求だけが酷くなった感じか。
一度、試作品をパン屋の孫娘マリアに持って行ったことがある。あの時もちょっと嬉しかった。
「あら、素敵ね。ウサギのモチーフ?だけど、ウサギって白かった?」
「あぁ、ドイツでは白ウサギ、あまり見かけないね」
「そうよ、リアリティーが足りないわ。だけど、ウサギってわかるわ。日本だとこういう時、なんていうんだっけ?カワ・・・?」
「カワイイ?」
「そうそう『KAWAII』よ。カワイイ、カワイイ。ありがとう」
マリアが言葉の意味をどこまで理解してるのか知らないが、喜んでくれたから、よしとして、渡して帰った。
マリアだけじゃなく、誰かの笑顔が増えたら、もう少し世の中が良くなるのかと妄想しつつ日々を過ごす。これを繰り返していけば、いつか自分の笑顔も取り戻せるかもしれない。
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