小説・「塔とパイン」 #27
「どうしたの?元気?」
ある日、ひどく落ち込んで元気がなかった時に声をかけられた。自分で言うことではないけれど、あの時は何をやるのも楽しくないし、日々やらなければいけないことも、億劫だった。
製菓学校の休憩室に、上質とは言えない長椅子がある。ベンチと言ったらいいだろうか。病院の待合室などによく設置してあるあの椅子だ。
実習と実習の合間に、思い思いに休息を楽しむ場所。一息つくことも出来るし、生徒同士が談笑しながら他愛もない話で盛り上がることも出来る。
この長い椅子も、いつのころからおかれているのかはわからない。見た目は手入れが行き届いているものの、やはりどこか古めかしいデザインを隠すことはできない。
交換を迎える時期ととらえられても仕方ないが、それでもここに置かれている。それはきっとこの椅子が皆に気づかれないように、地位を得てきたのだろう。だからこそ、ずっとここに居られるのかもしれない。
そんな椅子に腰かけて、ひとり休んでいるときに声をかけられた。
同じクラスの中川さんだ。
入学して数か月だけど、中川さんとそれほど仲が良いわけではない。2、3回会話したかどうか、それくらいしか覚えていない。いや、そういうのは「覚えている」うちには入らないだろう。
「あ、あぁ」
予想していなかった状況で、予想していなかった人から声をかけられ、予想もつかない回答をしてしまい、余計に困惑した。
「さっきの実技、難しかったよね~」
「わたし、何度も失敗しちゃった」
・・・なぜだろう、なぜ彼女は「普通に」僕に話しかけてくるんだろうか?よくわからない。
この後もいくつか実習の話をしていたけれども、てんで内容が耳に入ってこない。それよりも「なぜ」という疑問符が頭の中を駆け巡っている。それだけだった。
「もう時間!頑張ろうね」
時間ということばで、僕は我に返った。