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小説・「塔とパイン」 #12

「Hallo〜!ヘイ!ナカータ!調子はどうだい?」「いつものアレか?」


旧市街の目抜き通りから1本奥に入った十字路に、僕の勤めている菓子店「Konditorei Weise」がある。その迎えには名物女将と孫娘のパン屋、そして、もう一つの迎えには「ケバブ屋」がある。


数年前にできた新しい店だ。旧市街の落ち着いた雰囲気には似つかわしくない「Kebap」の看板が店の軒先にデカデカと掲げられれている。


Kebapが有名なのはトルコと聞くが、本場トルコに負けず劣らずドイツにはKebapの店をよく目にする。漫画に出てくるような大きな肉を串刺しにして、ヒーターで炙りながら回す。この店の奥でも焼くものは違えど似たような感じのヒーターがある。


今日、ケバブ屋は3人で切り盛りしている。屈強な体躯をして髭面なものだから、最初はちょっと怖いなぁとは思う。でも、話してみると陽気だし、堅気気質なドイツ人ともうまく会話している。


店員の一人、マイク(多分、本名はマイクじゃない。自分から「オレをマイクって呼んでくれよな!」と言ってただけだ)が、声をかけてきた。


まぁ、昼飯時だし、買うものはいつも同じだし、この界隈では見かけないアジア人だから、声をかけてくるのは道理だ。こっちもご飯にありつきたい。


「ナカ〜タ、今日もDönerか?」

「ああ、そうしてくれ」

「OK」

「野菜は全部入れるぜ。ソースはどうする?チリは入れるか?」

「ヨーグルトソースと、チリで。mayoはいらないよ」

「Ja,Ja!」


マイクはドイツ語も英語も含めて語学堪能だ。学校で学んだというよりは、この地に越してきて実地でスキルを得た感じだ。会話が時々わからなくなるのは、いろんな国の言語を混ぜ小銭してるから。


でもなんとなく、言っていることがわかる。


「ありがとう、友人! 4ユーロだ!」

「・・・」

財布から硬貨2ユーロ、1ユーロ、50セント2枚取り出してマイクにわたした。Dönerと引き換えに。「熱々のケバブは早いうちに食え!」これは鉄則だ。

「ナカ〜タ、マ・タ・ア・シ・タ!」

「はいはい」

どこかで覚えたカタコトの日本語を駆使して、明日またくることを約束されてしまった。


一つ付け加えておくと、僕の名前は「ナカータ」じゃない。マイクが勝手に僕を見て「ナカータだ!お前はナカータだよな?」って言ってる。訂正するのが面倒くさくて、もうここでは「ナカータ」で通している。それでもいいんだ。


ボールも碌に蹴れない他称「ナカータ」は「KEBAP」の看板を後にした。

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