小説・「塔とパイン」 #09
Konditorei Weise は小さな十字路の一角にある。それぞれの角には、数年前から営業を始めたケバブ屋と、老舗の名物女将が切り盛りしているパン屋が軒を連ねている。
パン屋の朝は早く、日が昇る前から女将と、パン屋の従業員が忙しなく働いている。朝からパンを買いにくる客に合わせて、焼きたてのパンがいくつものショーケースに並べられていく。
お菓子の甘い匂いとは、また違った香ばしいパンの匂いが、朝から漂ってくる。パンはそれほど好きじゃなかったけれど、ドイツに来てから、この匂いを嗅いでから、好きになった。
フランスパンほどカチカチに固くなく、日本のようにふわふわでもない、小麦やライ麦で作られたパン。今ではすっかり、生活の一部だ。
「ありがとう。今日も仕事、がんばってね」
パン屋の女将の孫娘・マリアが朝から笑顔で声をかけてくれる。毎朝、クロワッサンと、チーズパンを買っていく東洋人は、やっぱり目立つ。何度もパンを買いに行ったからか、いつしか、声をかけてくれるようになった。
マリアに聞くと、この辺で毎日パンを買いにくる日本人はいないそうだ。
「そうなんだよなあ」
改めて、ここでは孤独なんだということを再認識する。ひとりぼっちではない。たくさんの人がいる。会話もするし、コミュニケーションも取れる。それでもある瞬間、ふと、孤独を感じる。
毎日に忙殺されて、ついつい忘れてしまう。それでいいんだ、その方がいい。
パンを齧って、コーヒーを啜り、タバコを吸う。
そうやって毎朝、心の平静を保つ儀式のように、習慣にしている。
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