【リレー短編】ピアスとプリン
サヨに届いていた「同窓会のお知らせ」を捨てたのは僕だった。
昨日、郵便受けに入っていて、一日迷って、結局捨てた。
なんで捨てたのか、と聞かれれば、行ってほしくなかったと答えるだろう。なんとも子どもじみた、お粗末な理由だ。
だけど、どんなに子どもじみた理由であろうと、行ってほしくないものは行ってほしくなかった。
例えばそれは、昔の恋人に会うからだとか、自分が知れることのできないサヨを見てしまうからだとか、そういうことじゃない。
ただ、同窓会に行ってしまえば、サヨはこの家に戻って来てくれないだろうな、というのを直感的に感じたからだ。
サヨは、昔話をすると決まってとても遠い目をする。
「一度もしてるのを見たことがないんだけどね、その人、耳に小さい穴がたくさん開いてるの」
サヨがする昔話の中に、こいつはよく登場した。サヨ曰く、ピアスの穴がたくさん開いてる人。僕の中では、通称ピアス男。
こいつはサヨと日陰仲間だったらしい。
日陰仲間というのは集団生活に馴染めなくて、でも、学校に行かなければ親に怪しまれるから、朝、家は出るけど授業には出ない、簡単にいえばサボり仲間ってやつだ。
テレビや漫画だと、学生のサボり場所といえば学校の屋上か、保健室、近くの公園と相場が決まっている。
けれどサヨの学校には屋上はなく、保健室の先生は忍たま乱太郎の給食のおばちゃんみたいな人で、意味もなく休むことは許さなかったらしい。
学校から近くの公園は徒歩30分かかるから行けなくて、サヨが見つけたサボり場所は体育館裏の鬱蒼と木が茂っているほぼ林に近い場所だった。
そして、そこには先客がいた。そう、ピアス男だ。
「その人ね、すごく変な笑い方をするのよ。膨らました浮き輪の最後の空気が抜ける音みたいな笑い方なの」
そう言って、ぷはっと声を出すサヨはすごく可愛かった。
「その人一緒に、とんがりコーンでチェスとかしたな〜」
ほら、こんなふうにね、と手を動かすサヨは楽しそうだった。
クイーンとかキングとかわからないじゃん、と僕が言うと
「いい方法があるじゃない! 先の方をちょっと食べたり、半分ぐらい食べたりするので駒を決めていたのよ。それでね、その人とーっても強くて。私全然勝てなかった」
負けたはずの話なのに、サヨはくすくすと嬉しそうに笑った。
あぁ、どうして僕は、サヨと同じ高校で体育館裏に行く人間じゃなかったんだろう。
仕方がない、と思えば思うほど僕の焼けつくような気持ちは膨らんでいった。
「無印の、ドライストロベリーがチョレートで包んであるお菓子知ってる? それが大好きだったみたいで」
くそっ、チェスの次は甘党か。つくづく気に食わない。
僕はチェスのルールもわからなければ、甘いものも得意じゃない。
とにかく、ピアス男にまつわる話はたくさんあった。なんてったって日陰仲間。授業をサボっていたのだから、授業時間分話したり、遊んだりできるのだ。
「その人のこと、好きだったの?」
思わずそう聞いてしまったのは、同窓会のお知らせを捨てる前日だった。
サヨへの同窓会の葉書を見つけたときに、すぐに頭に浮かんだのはピアス男のことだった。
同級生で、クラスは違った、という話は今までの昔話の中で知っていた。
だから、もしかしたらそいつも来るかもしれない。そう思うのは普通のことだろ?
そいつがサヨのことをどう思っていようが知ることはできないけど、サヨ自身がそいつのことをどう思っていたのか気になる。
聞いたのはそういう興味本位からだった。
「うん! 好きだよ」
改めて言うと照れるな〜とサヨは続けて言っていたけど、その言葉は僕の耳には入らなかった。
その次の日に、隠しておいたハガキを捨てた。
サヨに申し訳ない気持ちも もちろんあったけど、それでもやっぱり、嫌だったんだ。
好きだよ、と言ったサヨのプリンみたいなとろっとした笑顔は僕に見えているのに、きっとサヨは僕を通り越して過去のピアス男に向かって笑っている。
それがどうしようもなく悔しくて、なのにすごく可愛くて、僕はそっか、と曖昧な顔で頷いた。
ところが次の日、
「ねえ、同窓会のハガキきてなかった?」
案の定、サヨにそう聞かれた。
「あなたがいつも郵便持ってきてくれるでしょ? その中に入ってなかった?」
「いや、見なかったよ」
僕は嘘をついた。ごめんサヨ、と心の中で手を合わせて謝る。
「え〜、そっかあ。
ミチから届いたかって連絡きたんだけど、どっかで遅れているのかもね」
「ミチって、ミチカさん?」
「そうそう」
ミチカさんは、サヨの幼馴染だ。中学校が一緒で、高校も同じ。大学は別々だったけど、今でも交流は続いている。
そこで僕は、ふと気になった。ミチカさんはピアス男の存在を知っているのか? 昔から繋がりがあるなら、存在を知っていてもおかしくないんじゃないか?
なるべく平穏を装ってサヨに聞いてみる。
「なあ、ミチカさんは、ピアス…じゃなくて、その日陰仲間のことは知ってるの?」
「え?……ん? どういうこと?」
「いや、だから、ほら、サヨがよく昔の話するときに出てくるだろ。体育館裏のサボり仲間。とんがりコーン使ってチェスをしたり、無印のチョコのお菓子が好きで」
「え、あら、もしかして、ちゃんと話してなかった?」
「え? いや、聞いたよ。一緒に体育館裏で授業をサボってたんだろ?」
「あらあらあら」
そういうとサヨはくすくすと笑い出した。可愛い。
「私ってば、この話いろんな人にしてるから、てっきりあなたにも話したと思ってた」
まだ笑いが止まらないのかサヨはそう言った。
「ミチのことよ」
くすくすと未だにサヨは笑っている。
は? と僕は空いた口が塞がらなかった。
え? は? ミチカさん?
「……えぇ!? ミチカさん!?」
「くすくす……そう、ミチのことよ」
「え、いや、だって、僕てっきり男だと……えぇ?」
「すっかり話した気になってた。でも、そういえばあなた、名前も聞いてこなかったし、私もかいつまんでエピソードだけ話しちゃってたわね。ごめんなさいね、勘違いしちゃった?」
へなへなと全身の力が抜けていくのがわかった。
僕はなんて勘違いを……確かに、名前も聞かなかったし、男か女かを聞いたこともなかった。
なぜかこの長い付き合いの中で、ピアス男の個人情報といった一番最初に聞くべきところを聞いていなかった。
「僕、てっきりずっと男だと思ってた……。えぇ〜……恥ずかしい、ごめん、サヨ」
「ふふふふ、いいのよ、私も話してなかったもの」
「あ、いや、それもなんだけど、同窓会のハガキ届いてた。届いてたんだけど……僕が捨てたんだ。その……日陰仲間のこと男だも思ってて、それで、そいつも同窓会に来るのかな、と思ったら行ってほしくなくて……それで……うん、ごめん、僕の勘違いだ。」
「やだ、可愛い〜! 言ってくれればよかったのに。あなたって昔から少し考えすぎちゃうところがあるわよね。私への気配りだと思ってるけど、いいよ、ちゃんと聞いてくれて、大丈夫だから、ふふふ」
その日、サヨの笑顔は僕に向かって、僕だけに見えるとろっとしたプリンみたいな相変わらず可愛い笑顔だった。
「じゃあ、ミチカさんって、学生の頃からピアス開いてたってこと?」
「そうそう。それが彼女なりの、なんていうのかな、逃げ道だったみたい。ぷつっと耳に穴を開けていろんな気持ちを逃してた、って言ってた。今はもう塞がっちゃってるけどね」
「いや、そっかあ。完全に先入観だった。学生でピアスを開ける、なんてちょっと校則違反みたいなのをするのは男の子かと……」
ごめん、ともう一度謝った。
いいのよ、それがあなたの好きなところだもの、とサヨは言った。