「今ここで習慣を答えることはできません」と言った生意気就活生
大学4年生の一大イベント、就職活動。いわゆる就活中に、自分が面接官に言った生意気な一言を思い出すことがよくある。ほんとうに生意気で、私が面接官だったらこんな学生は速攻「お祈り申し上げます」メールを送るはずなのに、時々真剣に聞いてくれる面接官がいたりすることもあった。
今日思い出したのは、「習慣」について質問されたときのことだった。
「あなたの習慣はなんですか?」
そう、面接官に聞かれたときがあった。私がすぐに思い浮かべたのは、歯磨きだった。”習慣”から、”私の生活”が連想された結果だ。
だけれど大学生の”私の生活”なんて、不習慣そのものだった。
早起きはしたいと願っているだけで、朝が苦手だから全然習慣ではない。めんどくさいと思ったら食事すら抜いてしまうから、食事も習慣とは呼び難い。じゃあ、と思いついたのが歯磨きだった。朝起きて歯磨き、夜寝る前に歯磨き。このルーティーンだけは崩れなかった。
あ、じゃあこれ習慣じゃんと思った。思ったのだけれど、聞きたいことってたぶんそういうことじゃないな、とわかっている自分もいた。
恐らくこの人が聞きたいことって、例えば読書であるとか、週〇回社会に貢献する何かをするであるとか、人に対して丁寧な行いを心がけるがけるとか、そういうことだとわかっていた。
だけど、そういう習慣をちゃんとしている人なんているんだろうか? ちゃんとできている人なんているんだろうか? めんどくさがらず、怠けず、心に決めた習慣をし続けている人はいるんだろうか?
「そうですね……」
と、面接官に答えた5文字の間でずらずら考えていた。
そこでひょっこり、変に生意気な私が登場した。それが、考えを咀嚼する間もなく、流しそうめんで流されるそうめんのようにぽちゃんと出た。
「でも習慣って、習慣だから今ここで答えるのって難しいですよね」
「……えっ」
私が言葉を発するまでに時間を要してしまっていたから、答えらない学生だと思われていたのだろうか。驚いたような顔をした面接官。私は言いだしてしまった言葉を止めることなく続けた。
「習慣ってたぶん、無意識にしてるはずじゃないですか。これを習慣にしようって思ってる間は習慣じゃなくて心がけだと思います。だから今ここで『習慣はこれです』って答えるのは難しいですね。強いて言うなら毎月3冊本を読むようにしてる、が習慣だと思います」
くそ生意気だ。我ながらくそ生意気だ。
くそ生意気だけど面接という、一瞬の殺り合いみたいなやり取りでよく出た言葉だと自分に感心してしまう。よくぞ言った。よくぞ気づいた。
「……そう、そうだね……うん、確かにそうだ……」
それだけ言って面接官は腕を組んで手を口元に持って行った。
そのポーズは心理学的には、強いストレスを和らげるためとか、自分の気持ちを悟られないように自分を隠すためとか、目の前の人から自分を守るための防御のためとか、とにかく距離を置いて自分を守るためらしい。
1分にも満たない沈黙中、私はそれでも「やってしまった」と脇汗をかいていた。落ちた、これは絶対落ちた。こんな生意気なことを言って、なんてことを、と思っていた。言ったのは私なんですけど。
「いや、これはやられたね」
くくっと面接官が笑ったことで破られた沈黙は、思ったより柔らかな崩し方だった。
「確かにたなべさんが言うように習慣ってそういうものだよね。僕も今そう聞かれたら思いつけない。でも、思いつけないものこそが習慣だよね」
そして、「今日はこれで終了です。ありがとうございました」と言われて、面接は終了した。
結局この面接が「お祈り申し上げます」メールをもらったのか、合格したのかは忘れてしまった。合格をくれたような気もするし、生意気すぎてお祈りされた可能性もあるような気がする。今では覚えていない。
だけど。一瞬の間で出た言葉にしては、「習慣」を自分なりに捉えたなかなかな回答だったなあと今でも思う。
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