新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第1話
OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>
ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。
1ヶ月目:「叱る」も仕事?
【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員
佐藤博(38):商品開発部の課長。佐和子、圭太の上司
【ストーリー】
鈴木佐和子(28)がOJTトレーナーになったのは、入社6年目の5月。若葉の匂いが立ち込める季節だった。佐和子が勤めているのは、飲料メーカーの商品開発部。「飲みものにイノベーションを起こす」というビジョンを持ちながら、日々働いている。仕事の飲みこみが早く、同期の中で最も期待されている出世頭だ。
そんな佐和子は、今年初めて新入社員のOJTトレーナーを任されることになった。後輩を育てる嬉しさもあるが、一方で責任重大、自分に務まるだろうか…と不安も感じている。
新入社員の田中圭太(22)が初めて佐和子のところへ挨拶に来た時、その屈託のない笑顔が佐和子を安心させた。素直で人懐っこい性格のようだ。
佐和子がOJTトレーナーとして一番初めに指示された仕事は、育成計画を立てることだった。しかし計画を立てて、その後どうすればいいのかがよくわからない。
佐和子「そもそもOJTトレーナーって、何をしたらいいんだろう。業務の指導をするだけ…ならOJTトレーナーじゃなくてもいいよね。OJTって何? OJTトレーナーの仕事って何…?」
佐和子は、その日昼食に誘ってくれた直属の上司である佐藤博(38)に、ランチしがてら聞いてみることにした。
佐和子「佐藤課長、OJTトレーナーの仕事って何なんでしょうか?」
佐藤課長「OJTトレーナーの仕事ね、そうだな、鈴木さん。自分が新入社員だった時のことを思い出してごらん。鈴木さんにとって、OJTトレーナーはどんな存在だった?」
佐和子は会社のカフェテラスから見える木々を眺めながら、新入社員だった頃のことを思い出していた。社会人として右も左もわからない時、マンツーマンで教えてくれたり、ここぞという時に声をかけたり、助けてくれたれたのはOJTトレーナーだった。
佐和子「私にとってOJTトレーナーは、そばにいて応援してくれる心強い存在でした。社会人として必要なマナーや知識、心構えを教えてくれました」
佐藤課長は大きくうなづき、言葉を続けた。
佐藤課長「鈴木さんにとって、OJTトレーナーは応援してくれる心強い存在なんだね。じゃあ、“応援”といった時に、OJTトレーナーが新人に対してすることって何だと思う?」
佐和子「そうですね…まずは褒めることでしょうか。取り組んでいる姿勢や、やり遂げたことを褒められると、自信がついたり、もっと頑張ろうという気持ちになると思います」
佐藤課長「なるほど。褒めることは確かにOJTトレーナーの仕事だね。じゃあ、もしその新人に取り組んでいる姿勢が見られなかったり、やるべきことを放置したりしたら、どうする?」
佐和子「そうですね。叱る…ですか?」
佐藤課長はまっすぐに佐和子を見つめて言った。
佐藤課長「そう、叱ること。新人を叱ることもOJTトレーナーの仕事の1つだ」
佐藤課長の言葉に、佐和子は口をつぐんでしまった。
佐和子の中で、OJTトレーナーから叱られた記憶はなかった。
佐和子の少し困惑した表情を見て、佐藤課長は一呼吸置いてから質問を続けた。
佐藤課長「鈴木さんにとって、『叱る』ってどんなイメージかな?」
佐和子は、しばらく考えてから話し始めた。
佐和子「叱るというと、相手を否定する感じがします。怒るというか、怒鳴るというか。『あなたのやり方は間違っている』と突きつけるような…」
佐藤課長「そうか。鈴木さんにとっての『叱る』はそんなイメージなんだね。でも、なぜOJTトレーナーである鈴木さんが新人の田中くんを叱る必要があると思う?」
佐藤課長が聞くと、佐和子は目をそらした。
佐藤課長「目標達成をサポートするのがOJTトレーナーの大事な仕事だ。達成が近づいたり、遠ざかったりした時、OJTトレーナーの働きかけが必要なんだよ。褒めたり叱ったりというのは、そういうことなんじゃないかな」
(目標達成のため…)
佐和子は心の中でつぶやいた。
佐藤課長「じゃあ、どうしたら叱っても、田中くんが『否定された』と思わずに、言われたことを受け入れられると思う?」
佐和子はしばらく考えてから、話し始めた。
佐和子「まずは、『叱る』目的が“目標達成のサポート”だとしたら、その“目標”を田中さんと一緒に決めることだと思います。期間としては半年後、1年後、3年後、5年後…という風に考えて、そこから目標を立ててみたらどうでしょうか?」
佐藤課長「そうだね。それが“育成計画”だ」
佐藤課長「目標を立てる時に必要なのは、本人の合意。そこにコミットすることが大事なんだ。目標達成をサポートするために、OJTトレーナーは時に叱らなければならない。目標にコミットしていれば、たとえ叱っても本人は納得するもんだよ」
佐和子「コミットして、叱る…」
「叱る」という言葉が、佐和子の中でぐるぐると回り始めた。
<終>
【佐和子のOJTメモ】
・ 「叱る」は、目標達成のサポート
・ 目標には、本人のコミットが大事
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