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新人が成長するOJTトレーナーのコミュニケーションとは 第2話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「叱る」があります。特に育成する側として「伝えるべきこと」を伝えられない、伝え方がわからないという悩みも多いようです。本シリーズでは育成上のコミュニケーションとして重要であるものの、トレーナーが難しさを感じている「叱る」にフォーカスを当ててストーリーを読んでいきたいと思います。

2ヶ月目:叱れる関係

【登場人物】
鈴木佐和子(28):飲料メーカーの商品開発部に勤務。入社6年目。圭太のOJTトレーナー
田中圭太(22):商品開発部に配属された新入社員
佐藤博(38):商品開発部の課長。佐和子、圭太の上司

【ストーリー】
圭太が入社して2か月が経った。だんだんと仕事にも慣れてきたようだ。圭太は、いつも佐和子が言うことを「はい」と素直に聞いているが、信頼関係が築けているかどうか、不安になることがあった。

月曜日の朝、佐藤課長が圭太に声をかけた。

佐藤課長「田中さん、先週の業務日誌出ていないけれど、どうした?」
圭太「あ、書き忘れました。後で書いて出します!」

笑顔で返事をする圭太を見て、佐和子の心はザワザワした。というのも、先週金曜日、佐和子は圭太が書きかけの業務日誌に何度も×を書き、丸めてゴミ箱に捨てているのを昼休みに見たのだ。

(何かあったのかな…)

そう思いながらも、声をかけられない。その瞬間、視線をあげた圭太と目があった。しかし、すぐにそらされた。

「えっ?」

佐和子は動揺した。

入社以来、何かあるとすぐに佐和子に相談してくる圭太だったが、その日、何か言ってくることはなかった。

佐和子は鬱々とした気分で、会社の帰りに駅ビルに入っている本屋に寄った。そこでふと、「新人を叱ることもOJTトレーナーの仕事の1つ」という上司の言葉を思い出した。

(圭太が業務日誌をゴミ箱に捨てた時、何があったのか、すぐに聞いた方が良かったのだろうか…)

(なぜ、彼は目をそらしたのだろう。何か言えない悩みでもあったのだろうか…)

(何かあったとしても、業務日誌に何度も×を書いて、ゴミ箱に捨てるという行為は、社会人としてどうなのか…)

(少なくとも、ちゃんとシュレッダーにかけるよう注意をする必要があったかもしれない…)

(注意する…私が?)

そんなことをつらつらと考えていた時に、ビジネス本の売り場で、平積みになっている本が目に入った。

『OJTで人を育てる』

思わず手に取り、パラパラとページをめくってみると、「育成にはラポールが大事」と書かれていた。

(ラポールって、何…?)

佐和子はその本を買い、帰りの通勤電車で読み始めた。

"ラポール(rapport)は、フランス語で「橋をかける」という意味。
一般的には、「信頼関係」と訳され、心理学用語として使われている。"

(信頼関係か…)

佐和子はため息をついた。圭太に目をそらされたことがショックだった。

佐和子「もしかして、まだラポールができていないのかもしれない」

そう感じた佐和子は、ラポールを作るために、圭太をランチやお茶に誘い、会社のカフェテリアで雑談する機会を増やしてみた。

まず、大学時代に入っていたというテニスサークルについて聞いてみると、圭太は嬉しそうに、その時の練習や合宿の話をしてくれた。

また、会社の近くに、味噌ラーメンで有名なお店がオープンしたという話をすると、「僕、ラーメンの中では味噌が一番好きなんです。今度、ぜひ連れていってください」と、笑顔で返答が返ってきた。

そんな圭太の姿を見て、佐和子はほっとした。

翌日――。

早速、その味噌ラーメンのお店へ2人で行き、ラーメンを待っている間に、佐和子は先週のことを切り出してみた。

佐和子「田中さん、気になっていることがあるのだけど…」
圭太「何ですか?」
佐和子「先週の金曜日のことだけど、業務日誌を丸めて捨てていたじゃない?」
圭太「…」
佐和子「何かあったの?」

圭太は一瞬ぎょっとした顔をしたが、とつとつと話し始めた。

圭太「実は…田中課長に、何をどの程度やったのか、業務日誌にもう少し丁寧に書くよう言われたんですけど、全然書けなくて…」
佐和子「そうだったんだ。そういう時はサポートするので、遠慮なく声をかけてね。それから、会社の書類を捨てる時には、情報漏えいを防ぐために、必ずシュレッダーにかけてね」

佐和子が言うと、圭太はいつもの笑顔で「はい」と答えた。思わず、佐和子も笑顔になった。

佐和子は気付いた。叱るには、ラポールが必要なのだと。そのためには、日々のコミュニケーションがとても重要なのだと。

そして、どこで叱るか。どう叱るか。「相手が受け取れる態勢」を考えながら叱る必要があることを実感した。

味噌ラーメンを食べて店を出ると、鮮やかなあじさいが雨つゆでキラリと光っていた。

<終>

3ヶ月目に続く

【佐和子のOJTメモ】
 叱るにはラポールが必要


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