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#5. 驚愕 【虹の彼方に】

 彼女は「食べる」のが何よりも誰よりも好きなひとだった。

冬に出逢ってからすぐに春がやってきて、初めて二人で花見に行った時のこと・・・

昔ボクが通っていた専門学校の近くにある大きな川沿いの公園に、桜の木がずっと並んでいる有名な花見のスポットがあって、そこはボクの好きな場所でもあった。

そんな桜並木が綺麗な公園を、手を繋ぎながら二人で散歩していたのだが、彼女は桜よりもたくさん出ている露店に夢中で終始ソワソワしていた。

口を開いては「アレも食べたい!」「コレも食べたい!」とはしゃいでいた。

いつもはボクの事を『生まれたてのおっちゃん』と揶揄してはケラケラ笑っているのに、こんな時は自分が子供みたいにはしゃぐので、そのギャップが可愛いなぁ、なんてボクは思っていた。

桜そっちのけで何を食べるか散々迷っていたら、昔懐かしいポン菓子のお店があった。

玄米のポン菓子にとても惹かれたようで、どうしても欲しいと駄々をこね始めた。

そのお店で一番大きな袋に入った、スゴい量のポン菓子が欲しいという。

「量多いけど、余った分はお客さんに茶菓子としてお出しするから買ってもいい?」

ボクは彼女が喜んでくれるならと、一番大きなサイズのポン菓子を買ってあげた。

ただ、

(一番デカいヤツって袋めっちゃデカいよなー、家庭用のゴミ袋くらいあるんじゃないの?)

と、思ったくらいデカかった。

彼女は「食べてもいい?」と大喜びで、さっそく歩きながら食べはじめた。

「ポン菓子懐かしい!美味しい!」

そう言いながら満面の笑みでボリボリ食べている。

ボクはしばらく桜を眺めながらゆっくりと歩いていて、ふと隣の彼女を見ると、彼女は手掴みで大口を開けてポン菓子をハムスターのようにたくさん頬張っていた。

彼女の服や髪には、手掴みから溢れたであろうポン菓子だらけになっていた。

ボクはビックリして、

「ちょ、どうしたん?こんなポン菓子いっぱい付けて、こぼしたの?」

彼女は何食わぬ顔で、服にこぼそうが髪にひっつこうが構う事なく、手にいっぱいポン菓子を鷲掴みにしては大口を開けてボリボリ食べ続けて、ニヤニヤとこちらを見て笑っていた。

「ええー!食べ続けるのー?服とか髪に付いたの取った方が良くない?」

「それは最後に食べるねん。」

・・・最後ってナニ?

意味がよくわからなかった。

「そんなに付けたままにしてたら、ハトとかスズメに襲われるでホンマに。んで、ちょっとは桜も見てあげようよ。」

「私は断然、花より団子派やねん。」

ボクは呆れながら彼女を見ると、かなり大きい袋に入っていたはずのポン菓子が、いつの間にかもう九割ほど無くなっていた。

「ええーっ!もうそんなに食べたん?早っ!っていうか、余ったらお客さんにって・・・」

「へへっ、余れへんかった。」

「・・・っていうか、オレにもちょっと分けてよ。」

「ほな服と髪に付いたのあげるから取って。」

彼女はニコニコ笑いながら立ち止まった。

「無茶苦茶やな・・・」

ボクは呆れて笑いながら、服や髪に付いたポン菓子を取ってあげてる間も、彼女は袋の残りのポン菓子を貪り続けた。

「そこそこの量あったけど、そんなに食べて平気なん?」

「え?こんなん全然お腹の足しになれへんで?お客さんに渡すの無くなったから、もう一回買いに行こう!」

「ええー!」

ボクは驚いてばかりだった。

再びポン菓子屋さんに行ったら、店のおっちゃんもビックリして苦笑していた。


 こんなエピソードもある。

初めて二人で焼肉を食べに行った時のことだ。

彼女の知合いが経営している焼肉屋さんに顔を出したいというので、デートも兼ねてその店に訪れた。

知合いの女性に挨拶して、テーブル席についた。

「さぁー、食べよう!」

ボクは適当に・・・

そう、だいたい焼肉デートで一般的に注文するであろうメニューをお願いした。

最初に分厚めのタンが出てきた。

すぐにロースやカルビも出てきたのだが、最初にタンは、まぁ定番だ・・・。

ボクはトングで丁寧にタンを焼いて、頃合いを見計らって彼女のお皿に入れてあげた。

最初はお互いに楽しく話しながらパクパク食べていたが、すぐに彼女がこう言い出した。

「・・・ゴメン、もう我慢でけへん。」

「どうしたん?」

「ホンマにゴメン!絶対に焦がせへんし、絶対に残せへんから全部ザバッと焼いていい?」

そう言ってボクから皿を奪い取り、タンもロースもカルビも、テーブルにあった肉を全部一気に網の上に入れてしまった。

・・・とても雑に。

やがてジュージューとすぐに煙が出てきて、肉を焼くというよりは、かき混ぜるような要領でひっくり返したりしていた。

・・・とても雑に。

そしてまだ完全に焼けていないであろう肉もあまり関係なしに、箸で肉をさらえるだけさらっては、タレに付けて大きな口を開けて頬張った。

・・・とても雑に。

肉はみるみるうちに無くなっていった。

そして彼女は不思議そうな顔でこちらを覗き込んできて、

「・・・食べへんの?早よ食べな無くなるで?」

いやいやいやいや・・・

無くなるかどうかは、あなたのさじ加減ですやんか?

ボクは呆気に取られて、

「デートの焼肉ってこんな食べ方だっけ?」

と驚いた。

「もしかして兄弟多いの?いつも取り合いやったからこんな感じになっちゃったとか?」

「ううん、私めっちゃ一人っ子やで!」

「まさかの一人っ子っ!!!」

こういう質問をされ慣れているのか、ニコニコしながら彼女は答えた。

ボクはまた驚愕した。

そうやってがっつく彼女の服に、焼肉のタレがはね飛んだりしていたが、彼女はそれを拭おうともせずに一心不乱に肉を喰らい続けた。

まるで獣のようだ。

そしてこの後も大量の肉を注文しては、ガサーっと炭の上に放り込み続け、そのほとんどを彼女は完食した。

変にあざとい女性よりは、たくさん食べてくれる女性が好みではあるけれど・・・

とにかくビックリした。

一方でボクは年齢のせいか牛肉の脂がかなりキツくなっていて、少しの量ですぐに満腹になってしまった。

やがて一通りお肉を堪能して、お礼を言ってその焼肉屋さんを出た。

車に乗った途端に彼女はこう言った。

「わー!お腹のエンジンかかってきたー!次何食べるー?」

「いやいやいやいや、もうめっちゃ腹一杯やって。さっきめっちゃ食べてたやん!」

「あははー、もう食べたこと忘れたー。次は何食べさせてくれるのー?」

ニヤニヤしながら彼女は甘えた声ですり寄ってきた。

それからの帰り道、彼女は飲食店の看板を見つけるたびに、

「アレ食べたい!」「コレ食べよう!」

と、はしゃぎ続けた。

「フードファイターになれるんちゃう?」

運転しながらボクが尋ねた。

「うん、なろうと思ったらたぶんなれると思う。 でもあれって自分でメニュー選ばれへんやんか?だから嫌やねん。」

ボクが想像していた答えと、かなり違う答えが返ってきたので、ボクはまたビックリした。

ボクが驚いてばかりいるので彼女は・・・

「なぁ?・・・もっとビックリすること教えたろうか?」

ゴクリ・・・

「じつは私、今まで生きてきてな、お腹いっぱいになったこと二回くらいしかないねん。」

ボクはまたまたビックリした。

その時なぜか、ボクが好きな某有名格闘漫画に出てくる強敵の「敗北を知りたい」っというセリフが脳裏に浮かんだ。

しかしそんな大食いの彼女だったが、特別に太っているわけでもなく、くびれもあってスタイルも良かったのも、とても不思議だった。

それは彼女なりに節制したり、努力していたからだという。

「私が普段節制してるっていうのはな、じつは普通の人の何十倍も我慢してるの、これで分かってくれた?」

微笑みながら彼女は続けた。

「これだけ食べれる私が食事制限するのは、普通の人が十日くらい絶食するのに匹敵するくらいいつも我慢してるんやで!だからもっと私を崇めて!」

冗談交じりに彼女は言って笑っていた。

まぁ、あの食べっぷりを見れば確かに・・・

と、妙に納得してしまった。

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 そういえば食に関して、こんな最強エピソードもある。

彼女はお客さまや仕事関係の知合いの人などから、手土産に食べ物をいただくことも多かったようだ。

流行りの高級食パンなんかをよくいただいたりもしていた。

彼女はパンがとても好きな人だった。

パンが好きと言っても、パンの耳?というか側?

が、異常に好きだった。

なのである時、こんなエピソードを聞かされた。

「高級食パンってさ、お土産でいただけるのすっごい嬉しいねんで、すっごい嬉しいねんけど・・・アレってフワフワやんか?」

「そりゃ高級食パンってのは、フワフワのモチモチが売りみたいなもんやからなー。」

「でもな、私ホンマはめっちゃ堅いパンが好きやねん。」

「そうなんや。」

「わかってる?堅いっていうても、それはもう堅い堅いハード系のパンのことやで?人を殴ったり刺したりできそうなパンが理想やねん。」

「なんかよくわからんけど、・・・ってか、そんな武器になるくらいに堅いパンってあるの?」

「あるねん!今度売ってる大好きなお店教えるからプレゼントしてね。」

「う、うん。」

「ほんでな、そんなに堅いパン好きやのに、フワフワのパンもらったら、正直『どうしよう?』ってなるやん?」

「いや、同意を求められても、ちょっと感覚が全然わかれへんねんけど・・・」

彼女は続ける。

「じつは今日も○○○○の食パンいただいてねー、しかも三斤もいただいてしもてん。」

「高級食パン三斤やろ?スゴいやん!それどないしたん?」

「今日はバタバタしてて時間なかって、だから歩きながらやけど最初に耳だけ全部食べてん。」

「歩きながら高級食パンの耳ちぎって食べてたんや?想像したらなかなかヤベー奴やんか。」

「うん、そしたらパンの白いとこが剥き出しで裸ん坊になるやん?」

「うん、フワフワのモチモチのところな。」

「それをおにぎり握るみたいに、野球ボールくらいの大きさにギュウギュウに小さくしたら、ちょっと硬くなるやん?」

「???」

「そのやり方で三斤全部食べたってん、歩きながらな。ふふふ。」

「もったいなっ!そんな食べ方したん?っていうか三斤とも全部?」

「ちゃうやん、もったいなくないやん。お腹の中入ったら一緒やん。ちゃんと全部完食してるもん。」

「いやいやいやいや・・・」

「しかもやで、それを東心斎橋のサロンからアメ村に行くまでの間に気が付いたら三斤全部食べてしもててん。笑うやろ?ふふふ。」

距離感が分からない人は、だいたい500mくらいの距離と思ってもらえればいいと思う。

「いや、全然笑われへんって!怖い怖い!」



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他にも・・・

 一緒に旅行に行ったら、ホテルの朝食のバイキングは絶対に全種類を山盛りで二周は食べていた。(元プロレスラーの中西学かな?)

 よくエネルギー補給用にバナナを持ち歩いていたのだが、食べるのはいつも本単位ではなく房単位だった。(マウンテンゴリラかな?)

 あと、これもボクはあまり理解できなかったのだが、食事を服に溢そうが、髪に付こうが、食べ終わるまで絶対に拭き取りもしない。

だから彼女の洋服には食べ物のシミが付いたものが多かった。

彼女にとって食べ物で付いたシミは勲章のようなものだと豪語していた。


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 そんな彼女の「食」に関するエピソードはまだまだたくさんあるのだが、毎回驚きつつも、彼女のそんな「ちょっと普通じゃない部分」も含めて、ボクはとても大好きだった。




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