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幸せに価値なんてない。けれど、多分意味はあると思う。
海外には、CHO-チーフ・ハッピネス・オフィサーという役職があるらしい。CHOとは企業文化の中でも特に改善の余地が大きいとされる社員の幸福度に着目し、その向上に努める役職とのこと。
社員が幸福に過ごすことは決して悪いことではない。
高い社員幸福度で業績アップ - 今話題のチーフ・ハッピネス・オフィサーとはという記事で紹介されて、ふむふむと読んだんですが…何点か腑に落ちないところが。
幸福感がもたらす従業員への影響は数知れない。以下がその違いである。
生産性、セールス、クリエイティビティがそれぞれ向上する→生産性で30%、セールスで37%、クリエイティビティでは3倍も高くなる
病欠を使う日数が少なくなる→幸福な従業員はそうでない従業員よりも病欠を使う日数が66%減る。
社員の辞職率が下がる→デリバリング・ハピネス社によると、CHOによるコンサルティング導入以降、社員の定着率が90%にまで上がった企業もある。
労災が減る
おいおい、社員を幸福にしたいというけど、これじゃあ、会社の生産性や利益をあげるための手段と化してないか?
実在するCHOがいう、社員の幸せときなんだろうか?
この記事によれば、「社員が幸せになるということは明確な目的を持って仕事をしている状態」なのだそうで。そうした高い意識レベルでの目的保持は心理学用語でフローと呼ばれる状態、つまり「時間の経過を忘れて物事に没頭する状態」につながるから。
さらにCHOは言う。「会社のコアバリューが社員としっかり共有されれば、彼らは仕事に意味を見出し、幸せをより感じて、月曜日にオフィスに来るのが待ち遠しいと感じるようになる」
それって、やりがい搾取なんじゃ…
ていうか、洗脳だよね。
さらには、「そうした共通バリューを持てないと判断した社員は解雇する」らしい。どういうこと?解雇したら不幸になるじゃん。
これって、言い方変えると「会社のために没頭して仕事に当たり、それを幸せな時間と感じられなかったり、疑問を持ったりする不満分子たちは、会社自らがお前を不幸にしてやる」と同じことだよ。
こわいこわい!
さらにはこんな人。より幸せな職場環境の提供を目指すコンサルティンング会社Woohooを設立し、そのCHOであるアレクサンダー・ケルルフ氏は、自信満々にこう言う。
幸せとはなれるものではなく、自ら掴みにいくもの
は~?
「幸せとはなれるものではなく、自ら掴みにいくもの」とか言ってるけど、もはやそれも幸せを「手に入れられる」というモノ扱い。
こういうの見ると、つくづく西洋人と東洋人って違うって感じる。
幸せなんて人それぞれ、感じ方も違うものでしょう。それをあたかも、大量生産した商品のような言い方をして、「こうすれば幸せになれるよ」なんて言い草は、まさに新興宗教の勧誘と同じだよ。
幸せという「あくまで主観的なもの」を客観的な数値化することで、世界の国の幸せランキングとかあるけど、あんなの考えたのも西洋人。なんでもかんでも数字化すりゃあいいってもんじゃない。
それから、「ポジティブ思考こそが正しくて、ネガティブ思考は悪だ」という押し付けも間違い。そりゃ、企業にとってはネガティブな社員が少ない方がいいでしょうよ。
そもそも、禅に傾倒していたスティーブ・ジョブスなんて、めちゃくちゃネガティブ思考の人じゃない?
それだけじゃない、大体が世の中に何かを残したクリエイティブな人たちってみんなネガティブだし、満たされない心の欠落感を抱えている人が多い。
よく考えてみればわかる。
すごい幸せな時に、何かを作り出そうなんてするか?って話ですよ。幸せをかみしめてりゃいいんだから。
浮世絵にしたって、漫画にしたって、アニメやコスプレにしたって、大体次の時代まで残る文化は、不幸せなネガティブな奴等が心の欠落感を埋める代償として生み出したものだ。そうしたネガティブ感情が渦を巻いてアウトプットされたものが、結果的にその他のネガティブな人たちの幸せを作っている。
不幸感は捨てたもんじゃない。
海外で話題となっているマインドフルネスにしたって、勘違いしている人が多い。
マインドフルネスとは、「今この瞬間に感じているこの感覚をそのままに受け止める」ということ。否定も評価も価値判断もしない。よく勘違いしている人が多いが、マインドフルネスは瞑想ではないんです。
あ、この言葉は先日対談した禅のご住職からの受け売りです。
パリピでウェ~イしている人たちなんて、その場の幸せを感じ取っている人たちで、いわばマインドフルネスの状態なんですよ。彼らは、楽しそうで幸せそう、いわゆるリア充ってことになっているけど、彼らはその時代の流行風俗の象徴ではあるけれど、決して文化は生み出さない。
オタクは100年後も残る言葉だけど、パリピなんてすぐ死語になります。
ま、とにかく、幸せなんてものはそれ自体「目的でもない」し、ましてや、このCHOなる者どもが言うように、会社の利益のための「手段でもない」。幸せとは「なるもんでもない」し、「手に入れるものでもない」。
幸せに価値があるという考えをするからおかしくなる。幸せには価値があるのではない、幸せも不幸せもすべて自分のココロが感じた幻想に過ぎない。でも、その幻想には意味がある。僕はそう思います。
ちなみに、「40代独身者が幸せになれない理由」についての記事も書きました。あわせてご覧ください。
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![荒川和久/独身研究家・コラムニスト](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/2603514/profile_bcd6d863fd654faf299ddae98b5079f7.jpg?width=600&crop=1:1,smart)