見出し画像

37年の孤独 ~ゴッホが描いた心の風景

ゴッホの絵画は、国内外の美術館でいくつも見てきました。彼は37歳で亡くなりますが、最期の3年間に描かれた絵は、どの作品からも凄いパワーを感じます。何とも言えない強い"何か"を。私にはこれが一体何なのかが分かりませんでした。

今回、原田マハのゴッホ本を読んでみて、その"何か"が彼の強烈な「孤独感」からくるものだと感じました。母親からも愛されず、人付き合いも下手で、世間からも認められない。彼の作品に感じる得体の知れないエネルギーは「孤独が生み出す心の叫び」なのかも知れません。

孤独感がゴッホの作品に与えた影響

彼は晩年、精神的に不安定になってから、2日に1枚のペースで絵を描き続けました。ここで1つ疑問が浮かびます。孤独と苦悩を抱えながらも、ゴッホはなぜ描き続けたのか? それが彼の絵にどのような影響を与えたのか? 今回は「孤独感」が彼の作品に与えた影響について考えてみたいと思います。


1. 孤独との対話:絵画はゴッホの「命綱」
ゴッホにとって絵を描くことは、孤独と向き合い、その痛みを和らげる唯一の手段であり、彼は作品を通じて自分の内面と対話し、心の安定を保つための「命綱」として描いていたのではないか。また描き続けることで、自分が生きる意味を絵の中に見つけ出そうとしていたのかも知れない。


2. 孤独が生み出す表現:激しい色彩と力強い筆致
孤独や孤立感が、彼独特の鮮やかで激しい色彩や力強い筆致を生み出していると感じる。これは単なるテクニックではなく、感情の爆発を表現するための手段であり、彼の内面の痛みや苦しみが視覚化されたものなのだろう。それゆえに、鮮やかな色彩に溢れていても、どこかしら「寂しさ」を感じるのかも知れない。


3. 孤独から逃れる理想郷:日本への憧れと浮世絵
ゴッホは日本や浮世絵に強い憧れを抱き、そこに理想郷を求めていた。平面的で鮮やかな色彩や自然の一瞬を切り取る描写など、彼がこれまで見てきた絵画とは全く異なる世界。目の前の苦しい現実社会とはまったく異なる日本という世界に、孤独から逃れる自分の居場所を求めたのかも知れない。

一方で、ゴッホの代表作『星月夜』を見てみると、孤独や苦悩だけでなく、彼の「希望」も見て取れる。糸杉が孤独の象徴だとしたら、夜空には「何かと繋がりたいという願望」が感じられる。うねるような夜空を描きながら、ときには海や川をイメージし、ときには空やその先の宇宙をイメージしていたのではないだろうか。広大な宇宙の中で孤独である自分と、自然や宇宙と繋がっている自分を想像したのかも知れません。

フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》1889年

弟テオは、なぜ兄を支え続けたのか?

ゴッホを語る上で切っても切り離せないのが、弟テオの存在。彼はゴッホの唯一の理解者であり、孤独を癒す存在でした。絵が1枚も売れなかった兄の生活費や画家としての活動費をすべて工面し、自らを犠牲にしてでも、兄が絵だけを描き続けられる環境を作りました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《テオの肖像》1887年

ここでもう1つの疑問。いくら兄弟とはいえ、画家として世間からまったく評価されなかった兄を、なぜそこまで支え続けたのか?これも原田マハの本を読んで、なんとなく想像ができました。

まず1つ目の理由は、彼の兄弟愛が兄を助けたい気持ちを生み出したのでしょう。2つ目の理由は、テオは優秀な画商だったにも関わらず、兄の絵を1枚も売ってあげることができなかったことへの負い目にあると感じます。ただ一方で、テオは兄の絵に芸術的な価値を誰よりも感じていたはず。いずれ世間に認められる日が必ずくると信じていたはずです。

そう考えると、彼が兄を支援し続けた3つ目の理由は、自分が価値を認めた素晴らしい画家ゴッホの作品が世間から評価されることが「自分の使命」であり、「自分にとっての生きる意味」だったからではないでしょうか。つまり、兄だけでなく、自分のためにも支援を続けてきたという見方です。

だからこそ、兄が亡くなった後は、自分にとっての「生きる意味」を見失い、兄を追うようにわずか半年後に亡くなってしまったのではないか。ゴッホにとってはテオが、テオにとってはゴッホが、生きるためには必要不可欠だったのかも知れません。

原田マハの小説には、そんな二人の関係が印象的に表現されています。

フィンセント・ファン・ゴッホ、享年37歳。
テオ・ファン・ゴッホ、享年33歳。

それぞれが細くはかない糸だった兄と弟は、結び合って強くなり、互いの存在に励まされて生き延びてきた。けれど、ほどけないはずの結び目が、ふいにほどけた。フィンセントの自死によって。テオは、切れかけた糸をたぐった。死に物狂いで。そして、とうとう、もう一度ふたりは結びついたのだ。テオの死によって。

『たゆたえども沈まず』より

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集