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体育会系は時代遅れであることについて解説!!

ノリと勢いで突き進み、取り返しのつかない状態に陥るのが体育会系の馬鹿なところである。

これは奴等の世界の「最後まで信じる」というものが原因だ。

この言葉は人の可能性に賭けることを意味しているが、果たしてこれで何人が命を落としただろうか?

本記事では最後まで信じることの問題点について述べている。

体育会系関係者は最後まで読んで心を入れ替えるがいい。

★命は戻ってこない

誰かが死なないと問題点が変わらないようでは死んだ人が戻ってこないので遅すぎる。

飲み会で無理矢理飲ませ、「まだ、生きてるから飲ませてもいい」と愚かなことを考えた結果、死なせてしまう。

残された家族に対する責任を軽く見ているからこうなるのだ。

★鉄拳制裁は古い

分かってくれるはずだ、と思って殴った時に打ち所が悪いと死んでしまう。

そもそも、殴らねばならない状態になっても従わせようとするのが人権侵害である。

自分のやり方合わない相手と分かった時点で指導方法を変えるという発想がないからこうなるのだ(要するに頭が固く、頑固すぎる)。

★軌道修正できない

まるで将棋の香車のようにひたすらまっすぐに進み、後ろに戻れない。

方針に間違いがあったことに気付いた時や不正が発覚した時にやめられなくなっている。

修正が効かない結果が隠蔽工作であり、「チクったら殺す」という脅し文句を言い放つ。

それでもばれたら犯人を捜して締め上げる。

その結果、度が過ぎて死んでしまうのが体育会系の「最後まで信じること」の馬鹿馬鹿しさに含まれているのだ。

もちろん、締め上げている最中にも「まだ生きているから、もっと殴っても大丈夫」との思い込みがあることは言うまでもない。

★多様性社会に抵抗

価値観の多様性の社会になっても体育会系をやめられないのは時代に対する最後の抵抗にすぎない。

今更、生き方を変えられないので、徹底的に逆行しているのだ。

これこそ、昔に戻せるかもという期待の込められた「最後まで信じる」というものである。

これは明治維新の時に江戸幕府がしぶとく抵抗したのと同じだ。

古いものが淘汰されることに対し、抗っているのだ。

★終わりに

体育会系よ、本記事で貴様等の所業について述べた。

以下に馬鹿げているかよく分かったであろう。

まだ、分からんのなら↓このブログも読むがいい。

これでも分からんなら↓これも読め!!

体育会系は令和の世にそぐわない。

今すぐ、この世から消えてしまうのだ!!

それが人類のためである!!

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