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戦闘力が下がった夜に / 241004 / ソナチネ

惑星Xへの宇宙船に乗れなかったので、全てがどうでもよくなった。この半年ずっとそのために生きていたので、本当に悔しい。そんな可哀想な自分を慰めるため、近くの映画館で仕事終わりに『ソナチネ』を観に行く。一週間限定でのフィルム上映だった。


客層のせいもあるのだろうか、始まりを待つ緊張に似た静寂と微かに香るタバコの不健康な匂いが劇場内に満ちていて、いつもとは違う何かを感じさせていた。フィルム特有の揺れや色彩の質感がどこか目新しい。少し霞がかったような、褪せた美しい沖縄の海のブルーやどこまでも続いて行くような白い道、画面から溢れる色彩の全てが圧倒されるほどに美しかった。

ストーリーは言ってしまえばヤクザもので主人公の村川は組の抗争に巻き込まれる。これまで沢山のアクション映画を見てきたけど、差し込まれる銃撃の構図は他の映画では見たことがないと言っていいほどに新鮮だった。淡々としていて、展開が全く予想ができない。派手さはありつつも、不必要な情報を極限まで削ぎ落としたような、観客に思考の余白が与えるような、そんな印象。

幼い頃から暴力に手を染め、スーツ姿を崩さない村川はどんな時も淡々としていて、ぞっとするほどの狂気を秘めている。その一方で沖縄での海のシーンでは子どものように笑顔を覗かせる。ロシアンルーレット、砂浜での相撲、ロケット花火、落とし穴。本当にヤクザ映画なのか忘れてしまうほど、無邪気で、裏腹な要素の全てが魅力的で、かっこいい。

けれど無邪気に遊ぶシーンには常に漂うそこはかとない死の空気が漂う。差し込まれる満月。静と動。ずっとそのままでいることなんかできないとみんなわかっている。永遠なんてなくて、一瞬の煌めき。何気ないシーンに突如訪れる死。同じ画角の中に日常と死が同居する。だからこそ切なく儚い。拳銃を自らのこめかみに当て、自殺するラストシーンの美しさ。死や暴力、そんな負の要素さえ美しく見せてしまう圧倒的な力。


映画館を出てからずっと足元なんとなくふわふわして覚束ない。意識がここではないどこかに行ってしまって、思考がままならないのだ。余計な情報を入れたくなくて、耳につけたイヤホンはただ外界を遮断するだけになっている。迫ってくるようなピアノの音と銃撃音がまだ耳にこびりついて離れない。フィルムの中の世界が現実の世界を侵食している感覚がずっと抜けない。ある真夏の一瞬の煌めきに、この心地よさにずっと漂っていたいと思った。


私はTempalayというバンドが好きで、その中でも『そなちね』という曲は夏の曲で一番といっていいほど美しいと思う。こちらもいいのでぜひ。

ソナチネ 産まれたての愛が
育ち 目を開き 声放ち
いつかは消えてしまうらしいが
そなたは美しい 光あれ

その白さ 夏の煙にまかれては消えてゆく
当てもなくただ

Tempalay『そなちね』

我々は気づくことなく
XとXを行き来している。
惑星Xは君のすぐ隣に
いつだって存在しているのだ。

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