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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#オリジナル小説

読み切り「紙と感情」/秋ピリカ2024

 魔法の紙が失くなっていた。あれが無くなれば、魔法少女をしている私は無力になってしまう。  駅のホームで、私は焦っていた。  目の前、線路の向こうで、魔物がおばあさんを食べようとしている。早く止めなくてはいけないけど、そんな余裕はない。  電車を待っている他の人はみんな無関心だ。スマホに目をやるばかり。  魔法の紙はどこに行ったのか。普段なら鞄の中からさっと取り出して、呪文を書いて変身して救えるのに。  最大のピンチだった。 「どいて。今はペーパーレスの時代よ」  後ろ

2237年の平和な軽犯罪 #秋ピリカ応募

 西暦2222年に勃発した第三次世界大戦は、五年間にわたり人間社会に未曾有の破壊をもたらした。  生き残った人々はその反省として全ての国境を廃止し、新たに「全世界政府」を発足させた。全世界政府による人類の統治が始まってから十年が過ぎた。 「おはよう。珍しく遅い朝ね」 「おはよう。さっき『知識DB』の更新があったんだ」 「あら、そうだったの。私は二時間後の予定だわ」  話しているのは四十代くらいの夫婦だ。  全世界政府の「知識DB」――全人類の脳に直接インストールされている

庭石菖の栞

小春の朝は、夫が散らかしたものを片づけることからはじまる。 階段を降りると、テーブルに汚れた皿が無造作に置かれていた。カレーが皿にこびりついてカサカサしている。椅子の下には裏返しの靴下や丸めたティッシュ。 息子を幼稚園に送った小春は、高速に乗って実家に向かった。 月に数回、母の遺品整理を手伝ったり、買い出ししたり、作り置きのおかずを用意したりしている。 ポストには新聞が数日分入ったまま。 不用心だなと取り出し、なにげなくめくって息を飲む。 災害対策について語る県職員の

【秋ピリカグランプリ】飛ばないくしゃくしゃ紙飛行機

お題:紙  母が亡くなった。  約三ヶ月前に末期癌と余命を宣告され、母はその残り少ない時間を目一杯謳歌し、笑顔で亡くなった。我が母ながらその胆力には驚かされたものだ。  そして諸手続きが終わり、喧騒が一段落した清秋。私は実家へと戻ってきた。兄は東京で家庭を持っているし、父は幼い頃から顔も知らない。祖父母はとうに亡くなっていて、東京で夢破れた私以外にこの生まれ育った実家を守る者がいなかったのだ、仕方がない。 「ありがとうございましたー」  昨今の静音性とは真逆のエンジン音

蒼い月夜の死神 外伝 ー風佑と飛朗ー

 真っ青な、秋晴れの空。  真っ赤な紅葉が、高く高く舞い上がる。 べちゃ  やがて。 べちゃ  それは、水気を含んだ重い音を立て。 べちゃっ  冷たくなった頬の上に、落ちた。  紅葉と見紛う、それは。  人を斬った刀を、拭いた後の。 血をたっぷり含んだ、懐紙だった。 「和尚様!」 「どうしよう!和尚様が!」 「えーんえーん!」 「追い掛けようよ!」